【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

最近の僕の悩みは、体の調子が悪いことだ。といっても全体的にではなく、腸という一点のみに微妙な不具合が発生している。だからといって、病院に行くほどのことではないだろう。別に激しい腹痛があるわけでもなく、血便が出るわけでもなく、下痢や便秘が続いているわけでもない。ただ単純に、オナラが出る頻度が異様に高いだけである。

僕が書くエッセーには、しばしば腸の具合(すなわち便やオナラ)に関する話題が出てくる。そのたびに編集部は眉をひそめているのではないかと不安になるのだが、これは決してウケ狙いではなく、父から遺伝的に授かった体質の話なのだからしょうがない。古くからの読者の方はご存知かと思うのだが、僕は生まれつき腸が弱い男なのだ。

だから、こういったオナラ多発現象も特に珍しいことではない。たまにできる口内炎のごとく、一定周期で襲ってくる腸の不具合であり、僕にとっては軽い感覚だ。独身時代にもよくあったことだが、当時は一人暮らしだったため、たとえ1分間に5回ぐらいオナラが出ようが、特に気にしたことはなかった。自分の臭いには慣れている。

しかし、結婚した今は違う。妻のチーと愛犬のポンポン丸(ポメラニアン・オス)と共に暮らしているのだ。チー曰く、僕のオナラの臭いは殺傷能力が高いらしく、少し漏れただけで迷惑千万だという。実際、僕がリビングでオナラをしようものなら、チーはたちまち部屋の窓をすべて開放し、さらにポンポンを抱えながら寝室に避難するほどだ。

そんな中、一番困っているのが就寝時である。深夜、僕がいつものようにダブルベッドに入ると、隣のチーが寝静まるまでに間違いなく3~5発のオナラが出てしまう。そのたびにチーは顔面を険しく歪め、「臭い、臭い」と喚きながら飛び起きるわけだ。

ちなみに、なぜかベッドの脇で寝ているポンポンまでギャンギャン吠えることになっている。チーが騒ぐことでなんらかの異常事態を察知したのだろう。とにかく真夜中のオナラ多発現象は、チーの安眠を妨げる害悪であり、同時に近所迷惑なのである。

先日もそうだった。深夜になり、そろそろ寝ようかと思った矢先、僕の腸がぐるぐると不気味な音を奏でだした。自分の腸との付き合いは今年で36年目になるため、僕は一瞬で状況を察知した。これは便の前兆ではない、オナラ多発現象の警報だ。

こうなると自分の力では制御不能になる。数分おきにオナラをもよおすだけなら、まだ我慢のしようもありそうだが、僕の場合、無意識にオナラが漏れてしまう。そう、オナラが出るのではなく、勝手に漏れるという感覚が一番正しい。ひどいときはオナラをしたということに、自分でも気づかないぐらいである。

したがって、僕は眠いにもかかわらず、ベッドに入るのを躊躇った。ちょうどチーも就寝するタイミングだったため、このまま僕が隣で寝たら、間違いなく彼女の安眠を妨害してしまう。また、チーは僕のオナラに気づくと、無遠慮に「臭い、臭い。腸が腐ってるんじゃないの!?」などと厳しい罵詈雑言を浴びせる女性である。そのたびに僕の繊細な心は痛く傷つくわけで、できることならそれを回避したいという理由もあった。

かくして、その夜はチーをベッドに残したまま、僕は一人で寝室を出ることにした。「どうしたの? まだ寝ないの? 」と不思議そうな顔で訊いてくるチーに、僕は「うん、まだ仕事が残ってるから、先に寝てて」と嘘の理由を告げ、書斎にこもった。本当は仕事など残っていない。残っているのは、腸の中のガスだけだ。

しかし、それを正直に告げるのが無性に恥ずかしく、僕は書斎でひたすら仕事をするふりをした。その間、予想通りオナラが出る、出る。書斎に持ち込んだ空気清浄器の、空気の浄化具合を示すランプは、常に最低ランクの赤になっていた。嗚呼。

それから1時間ほどが経過したころ、寝室の様子をそっと覗いてみると、チーは目を閉じて、小さな寝息を立てていた。良かった。我妻は何事もなく寝静まったようだ。

これでようやく寝ることができる。そう思った僕は忍び足で寝室に入り、チーを起こさないよう、ゆっくりベッドに入った。よりによって翌朝は早いというのに、さっさと眠ることができない我が体質が憎い。1時間の睡眠ロスは、けっこう痛いぞ。

就寝すると、案の定、何発もオナラが漏れた。しかしチーが寝静まった以上、もう恐れることはない。オナラのたびに一瞬チーの寝顔が歪んだのには驚いたが、それでも飛び起きるまでには至らない。いずれにせよ、これで安心して眠ることができるだろう。

ところが、不意に計算外のことが起こった。あるオナラのとき、ベッドの脇で寝ているポンポンがギャンギャン吠えたのだ。こいつ、いつもオナラに反応していたのか――。

僕はたちまち狼狽し、ポンポンを抱えて寝室を出た。鼻が利く犬はリビングで寝たほうがいい。すまん、ポンポン丸くん。どうか、パパの事情をわかっておくれ。

不幸中の幸いはチーが起きなかったことだが、その夜以来、山田家ではポンポン丸の寝床がリビングになった。チーには「ペットの飼育にはケジメが大切だから。なんでもかんでも人間と一緒にせず、寝るときは別々にしよう」と説明したが、本当の理由は恥ずかしくて言えなかった。僕とポンポンだけの、男同士の秘密なのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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