【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

結婚して半年以上がすぎてもなお、僕の頭を悩ましていることがある。それは妻のチーのことを人前でなんと表現するか、ということだ。

些細だが、大きな問題である。その場にチーがいるときや、あるいはチーのことを知っている人に対しては、そのまま「チー」という名前を出せばいいのだが、たとえばチーがその場に不在で、尚且つチーのことを知らない人に対しては非常に難しい。

以前、こんなことがあった。我が家のマンションの給湯器が故障して、僕が管理会社に相談したところ、担当業者の人から僕に修理日程の相談電話がかかってきた。

「今週の土日はご在宅ですか? 」。業者氏がそう訊ねてきたが、あいにく僕は両日とも出かける予定が入っており、修理の立ち会いができそうもない。しかし、チーは在宅予定だったので、彼女に立ち会ってもらえばいいだろう。そう考えた僕は、業者氏にその旨を切り出したわけだ。「すいません、土日は僕は不在なんですけど……」。ところが、そこで一瞬言葉をためらった。この場合、僕はチーのことをどう表現すればいいのだろう。「妻が在宅しておりますので」が正解なのか、それとも「奥さん」、あるいは「嫁」が正しいのか――。

僕の理想としては「妻」という表現が断トツで好みである。理由はシンプルで、「妻」にはどことなく美しい品位を感じるからだ。なんなら今後は自分自身の一人称も「私」に切り替え、「私の妻が在宅しておりますので」とスマートに話したいものだ。

しかし、いざ実行に移すと、どういうわけか非常に恥ずかしかった。「つ、つ、妻がおりますので……」と声が上ずったことを覚えている。これは偏見かもしれないが、「妻」は上品な紳士が使用してこそ似合うものであり、僕のような35歳の若輩者で、ましてやチンチクリンの薄毛予備軍が無理して使用すると、世間様に「かっこつけてんじゃねえ」と嘲笑されるような気がしてしまう。今後、年齢を重ねることで「妻」が似合う男性になれるのかもしれないが、現段階では時期尚早だと思えてならない。我ながら滑稽だ。

ならば、「嫁」「嫁さん」はどうか。なにを隠そう、僕の周りの同世代の既婚男性の中では、これを使用するケースがもっとも多い。おそらく関西の芸人用語(厳密には専門用語ではないが、芸人がよく使用しているという意味)からの流れだろう。それがいつのまにか芸能界全体に広がり、さらに一般層にも及んだのではないか。中には「うちの嫁」を通り越して「うちの相方」と呼び合う、紛れもなく芸人かぶれの若夫婦もいるほどだ。

確かに「嫁」「嫁さん」という表現は、非常にリズミカルで口にしやすい。言葉に庶民性があり、気さくで飾らない雰囲気を醸し出すこともできる。しかし大きな問題は、これをチーが気に入っていないことだ。チー曰く「嫁って言われるのは、なんとなく嫌」だそうで、このチー特有の「なんとなく嫌」を繰り出されては、僕は一気になにも反論できなくなる。女性の感覚的な嫌悪感に、男性が理屈で対抗しても無駄なのだ。

ならば「カミさん」はどうか。うーん、これはこれで違う気がする。よくビートたけしが「うちのカミさん」と口にするからか、大阪出身の僕としては、なんとなく江戸っ子用語(偏見)のような印象を抱いてしまう。同じく「オッカア」「カカア」「母ちゃん」もそうだ。ドリフの夫婦コントでは、総じてこのへんを使用していた記憶があるため、やはり平成時代を生きる大阪出身の僕には似合わないだろう。自意識とは厄介なものだ。

そんな中、僕は自分の父親のことを観察してみることにした。果たして、父は母のことを外でなんと呼ぶのか。困ったときの息子は、父の背中を見て育てばいいのだ。

結果、父は母のことを「家内」、あるいは「女房」と表現していることがわかった。なるほど、還暦すぎの大阪親父にはよくお似合いだ。実際、父と同世代の大阪の男性には「家内」「女房」が非常に多い。「嫁」は20代から30代の男性がよく使用するようだ。

実は、この「家内」という表現にも僕は密かに憧れている。「妻」と同じく、言葉に奥ゆかしさがあり、謙遜の美学を内包しているところもいい。しかし、これもやはり年輪を積み重ねてきた貫禄溢れる男じゃないと似合わない気がする。僕みたいな鼻詰まり系のハイトーンボイスで「うちの家内がですねえ」と言ったら、失笑されるに違いない。

また、「女房」にも抵抗がある。これを使用している方々には大変申し訳ないが、それこそ年配者が使用する昭和の言葉という古いイメージ(主観です)を抱いてしまうのだ。

かくして現在のところ、僕がもっとも高頻度で使用しているのが「奥さん」である。もっとも、それに心の底から納得しているわけではない。なぜなら「奥さん」は第三者が当人に対して使用する言葉、たとえば「山田さんの奥さんはお元気ですか? 」などといった場合にこそ適しているという勝手なイメージがあり、自分から「うちの奥さん」と切り出すことには少し違和感があるのだ。ああ、我ながら面倒くさい性格だ。

とはいえ、先に挙げた他の候補がすべてしっくりこないため、消去法の結果、とりあえずの暫定措置として「奥さん」を使用している。いつか「妻」や「家内」といった言葉をスマートに使いこなせる大人の男性になりたいと願う、今日このごろである。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
山田隆道公式Twitter


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