【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。
人間が本当の意味で大人になるのは、何歳からなのか。法律では20歳以上とされているが、実際20歳はまだまだ子供だろう。では、年齢ではなく「経済的に自立した社会人になったら」という基準はどうか。いや、それも怪しい。そもそも金を稼いでいるから大人という考え自体が間違っている。自立とは精神の話であって、財布の中身の話ではない。精神的に未熟な人間が、大金を稼いでしまうことほど危ういものはないだろう。
僕はそういった年齢と経済面に加え、さらに「人の親になる」という精神的境地が大人には必要だと考えている。多くの人間には子供ができることで芽生える新しい境地、それはすなわち小さな命の成長に責任を持つという精神的変化があり、そこに達しないと、いくら年を重ねようが金を稼ごうが、真の意味での大人にはなれない気がするわけだ。
そういう意味では、僕もまだまだ子供なのだろう。35歳の既婚者ではあるものの、子供はまだおらず、家族といって思い浮かぶのはもっぱら妻と親の顔である。文字通り両親の子供という立場から抜け出せていない自分が、どうして一端の大人と言えようか。
しかも結婚して半年以上が経っても、僕には「人の親になる」という決意と自覚がなかなか芽生えず、子作りに対して少々尻込みしているところがある。自分のような未熟な人間が、結婚したからといって簡単に人の親になっていいものなのか。もし子供ができたとして、その子が立派に成長するよう、責任を持って育てていくことができるのか。そんなことを考えていると、子供に対する希望より不安しか湧いてこないのだ。
僕が思い描く父親像のステレオタイプとは、やはり良くも悪くも自分の父親の姿だ。現在の僕はもちろん、姉や妹もその父親に愛されて育ったときちんと自覚できている。ということは、つまり彼がなんだかんだ言って、立派な父親であったという最大の証拠だ。果たして僕も、いつか生まれてくる自分の子供にそう思ってもらえるような父親になれるのだろうか。正直、今のところ自信はない。子供ができたらかわいくてしょうがないだろうなあ、という身勝手な愛玩精神に陶酔することはあっても、それだけで子作りに積極的になれるほど、僕は大胆不敵な性格をしていない。元来、気が弱いのだ。
さて、前置きが長くなりすぎた。実はここから本題である(遅すぎる)。その事件は、ある日突然なんの前触れもなく起こった。その夜、いつのものように就寝しようとベッドに入った僕に、妻のチーがなにげない口ぶりで言った。
「妊娠したかもしれないのよねー」
「えっ」。思わず目が丸くなった。妊娠? 嘘だろう。詳しく話を訊くと、最近のチーは原因不明の体調不良に悩まされているらしく、その倦怠感がなんとなく妊娠の初期症状に似ているという。おまけに生理予定日になっているというのに、その兆しすらまったくなく、妊娠の疑いがますます強くなったとか。僕はそれでも信じられなかった。その一番の理由をぶっちゃけて書くと、つまり妊娠するようなことをしていないからだ。生々しい話で申し訳ないが、僕らの夫婦生活は前述した僕の小心者精神により、今も昔も避妊方針を貫いている。子供とは突然授かるものではなく、計画的に作るもの。そういうある種の甘えた理想を、僕はまだ抱いているのだ。
だから、この時点ではチーの考えすぎだと高を括っていた。妊娠はありえない。それより、チーの体のほうが心配だ。妊娠どうこうではなく、単純に体調不良を病院に診てもらったほうがいいのではないか。それぐらいの感覚でしかなかった。ところが翌日、疑惑の信憑性に一層拍車がかかる出来事が起こった。チーが薬局で買ってきた市販の妊娠検査薬で調べたところ、はっきり陽性反応が出たのだ。
しかも、その結果と最近の体調不良について友人の看護婦さんに相談したところ、彼女は一切迷うことなく「それは間違いなく妊娠してるね」と断言した。専門の医師ではないものの、数々の出産現場に立ち会ってきたプロの看護婦の所見である。僕はこれで一気に信じるようになった。避妊はしてきたつもりだったが、確かに微妙な状況もあることはあった(これぐらいの表現で察してください)。
「たぶん、そうだろうね。2人の相性がいいってことじゃない? 」
看護婦さんにそう言われると、言葉が出てこなくなった。「ちゃんと避妊具を使わないと、避妊したとは言えないよ。けど、夫婦だからいいじゃん。おめでたい話だと思うよー」。
はい、ごもっともです。僕は頭を垂れるしかなかった。とにかく、今はチーが妊娠したということを真摯に受け止め、早く産婦人科に行くしかない。まさに青天の霹靂だ。正直、ここからは男の度量が試されると思った。看護婦さんの言う通り、確かに夫婦なのだから妊娠は素直に喜ぶべきことだ。後ろめたさを感じる筋合いはまったくない。
しかし、そんな世間体よりも大切なことは、前述した僕の覚悟の部分である。「人の親になる」ということに不安を抱える未熟な男が、予期せぬ妻の妊娠に直面したのだ。このときの僕は自分の心境がこの先どう変わっていくのか、まったく読めていなかった。
<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
山田隆道公式Twitter
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