【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

先日、チーと2人で僕の古い友人の家に遊びに行った。現在30代半ばのその友人は、20歳ぐらいの頃から主に広告系の男性モデルの仕事をしており、長身痩躯のいわゆるイケメン男子だ。数年前にモデル仲間の奥様と結婚し、一人娘を溺愛するパパでもある。

要するに、僕とチーはモデル夫妻のご自宅をうかがうことになったわけだ。奥様と娘さんにはまだお会いしたことがないのだが、おそらく2人とも美形だろう。果たして、モデル夫妻はどんな家に住み、何を食べているのか――。僕の中にはそんな野次馬的好奇心があった。

友人はモデルだけあって、昔からお洒落だった。そんな彼がこれまたモデルの女性と結婚して、新たな家庭を築いているのだ。お洒落な美男美女がかけあわさった暮らしというものを、一度観察してみたいと思うのは人間の性だ。

最寄り駅の改札で友人と落ち合い、彼に自宅マンションまで連れていってもらう。友人は相変わらずイケメンだ。姿勢とスタイルがいいから、平凡なシャツにジーパンというシンプルなファッションでも実に見栄えがいい。神様はほとほと不公平だ。

5分ほど歩くと、友人宅のマンションに到着した。外観はごく普通のマンションで、間取りは1LDK。娘がまだ幼いことを考えると、ここまでは至って平凡である。玄関で奥様と初対面した。これまたイメージ通りの美人さんだ。出産を経たとは思えない細身のスタイルを維持しており、友人と同じくシンプルなシャツとジーンズがよく似合っている。スタイルのいい人は得だ。何を着てもお洒落に見えてしまう。

ちなみに娘さんも美形少女だった。幼いながらも、顔立ちが整っているのがはっきり認識できる。しかしまあ、なんという美形一家だ。この3人で表参道とか歩いたら、どこまでも絵になるだろう。僕のような胴長短足の昭和的日本人体型のチビは、逆立ちしたってこんな美しい娘さんを授かれないような気がする。こう書くとチーには怒られるかもしれないが、まだ見ぬ我が子に僕が人知れず望んでいるのは、健康と愛嬌なのだ。

その後、リビングに案内されると、我が家との明らかな違いに驚いた。とにかく物が少なく、色もモノトーンで統一されており、いわゆる生活感というものがまったく充満していないシンプルな部屋だったのだ。以前からの連載読者の方はおわかりかと思うが、山田家のリビングはチーの趣味が存分に反映されているため、何かと物が多く、配色の種類も豊富で、実にゴチャゴチャしている。どんとこい生活感である。

一体どうやって生活しているのか。そんな疑念が湧き起こるほど、モデル夫妻宅のリビングは何もない空間だった。当然、冷蔵庫に貼り紙なんてものは見当たらない。スーパーのチラシもなければ、ゴミ収集の手引書もなく、時計とカレンダーもない。あるのはテレビとダイニングテーブル、ソファーセット、パソコン、そしてこれまたお洒落なカウンターキッチンだけである。どこかのモデルルームかと見紛ったほどだ。

その後、みんなで奥様の手料理に舌鼓を打った。その料理の1つひとつが、これまたお洒落である。家庭のキッチンでつくった本格的なイタリアン。食器にもお洒落夫婦のこだわりが見受けられ、料理の盛り付け方のデザインにも気を配っているのが手にとるようにわかる。もちろん味はどれも絶品であり、奥様の手腕に脱帽するばかりだったが、食べることで料理のデザインを崩してしまうことに少し気が引けてしまう僕であった。

全国のモデル夫婦がすべてそうだとは限らないが、こういうお洒落な夫婦宅にお呼ばれすると、無意識のうちに緊張してしまうのはなぜだろう。大阪の雑多な大家族の中で育ったからか、僕の中には生活感というものが遺伝子レベルで組み込まれているのかもしれない。ロハスとか、そういう感じのライフスタイルがなんとなく痒いのだ。

一方のチーは終始楽しそうだった。奥様の料理を満足そうにたいらげ、会話も弾んでいた。子供好きなチーだけに、美形の娘さんと遊ぶのもうまい。あんまり娘さんがかわいかったのか、「私たちも女の子欲しいよねー」とドキッとするようなことを言った。

宴もたけなわになり、僕らはモデル夫婦宅を辞去することになった。友人と奥様に礼を述べつつ、にこやかに別れの言葉を交わす。モデル夫婦は最後の最後まで、何をするにもスマートだった。このあと、奥様は洗い物をするのだろうか。友人はトイレで用をたしたりするのだろうか。そんな当たり前の生活感ですら、2人には不似合いな気がした。

チーと2人で駅までの夜道を歩いた。「楽しかったね」。僕が声をかけると、チーは黙ってうなずいたあと、少し照れくさそうに言った。「お腹すいたね」。

その言葉に、思わず笑ってしまった。そう、そうなのだ。モデル夫婦宅でいただいた料理はどれもおいしかったのだが、いかんせん量が少なかったのだ。自由が丘や代官山あたりで見かけるお洒落カフェで出てきそうな、スタイリッシュ且つ"ちょびっと"しかない料理。お洒落とは食事の量を制限することなのか。お洒落な人は胃袋が小さいのか。いずれにせよ、僕らの満腹指数はまだ五分程度だったのだ。

かくして、僕らは駅近くのラーメン屋に入った。予想以上においしかったため、調子に乗って替え玉までしまう。どうやら僕はお洒落とは無縁のようだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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