【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

今年6月、僕はひょんなことから右手小指を骨折した。当然、ギプスで固定するはめになり、全治1か月かかった。原因は自転車事故である。街を自転車で走っていたとき、他の自転車と衝突して横転。着地の際に右手を地面にしたたかに打ちつけたのだ。

……というのは、真っ赤な嘘だ。ごめんなさい。

どこからが嘘かというと、骨折の原因からである。6月に右手小指を骨折したのは事実なのだが、本当の原因は不慮の事故ではなく、チーとの夫婦喧嘩だったのだ。

経緯はこうだ。ある日、ほんの些細なきっかけで、僕とチーの口喧嘩が始まった。その過程の中で、僕は思わずカッとなり、無意識に右の拳を動かしてしまう。

しかし、僕は絶対に女性に暴力を振るわないと決めている。暴力に頼れば、男性が有利なのは論を俟たず、すなわち弱い者イジメになる。喧嘩にマナーがあるとすれば、それは双方が生物学的に平等な武力を装備していることだろう。そう考えると、男と女の喧嘩はそれぞれに平等に与えられた知恵や話術を駆使した屁理屈バトルであるべきだ。

かくして僕は、怒りに震える右拳のやり場を失った。絶対に暴力はいけないと我慢しながら、なんとか別の場所に右拳の矛先を向けられないものかと考えた。

というわけで、近くの壁を全力で殴った。どれぐらい全力かというと、ゲームセンターのパンチングマシーンで自己最高記録を狙うときぐらいである。

その後はお察しの通りだ。グローブなしの全力パンチを壁に食らわした瞬間、右拳に激痛が走った。「ボキッ」という鈍い骨折音が驚くほど鮮明に聞こえ、右拳がみるみる腫れあがっていく。もちろん、喧嘩もそこで水入りとなった。僕がその場でのたうちまわったからだ。「いてえよ、いてえよ、いてえよーっ」情けない話である。

ちなみに、それだけ全力で殴ったというのに、壁はまったくの無傷だった。壁が強いのか、僕のパンチ力が弱いのか。もし後者ならば、それも情けない話である。

骨折した当時、僕は仕事関係の方々に本当の骨折原因を話すことができなかった。そこで冒頭の嘘を咄嗟に考え、あくまで自転車事故という不運に見舞われたことにした。これは僕の過失ではなく、人生で起こりうる回避しがたい不慮の事故のひとつだ――。

なぜ嘘をついたかというと、それは僕が執筆業者だからだ。好むと好まざるとにかかわらず、一応文章を書くことを仕事にしている職業作家が、自身の最大の商売道具である利き手を、夫婦喧嘩で破壊したと仕事先に知れたら最悪だ。おそらく今まで僕に執筆依頼をしてくださった関係者諸氏は一気に手のひらを返し、一様にこう思うだろう。

山田隆道は自己管理ができない阿呆な作家だ。あんな自分の立場をわきまえず、勝手に自爆するようなハゲメタボ予備軍には、今後一切執筆依頼なんかしてやらない。利き手を失った物書きなんか、ただのプータローだ。バーカ、バーカ、ハーゲ、ハーゲ。

何もそこまで言わなくてもいいじゃないかっ。

とにかく、である。だから僕は嘘をついたわけだ。

しかも仕事関係者の冷ややかな目を極端に恐れる小心者の僕はさらに強がった。本当は右拳全体を固定しなければいけなかったのだが、人前では小指だけを包帯で巻き、他の四本の指は外に出すようにした。「骨折はしましたけど、執筆には影響ないんですよ。小指の付け根がちょっと折れただけで、他の4本の指でキーボードを叩けるんです」

そう言わないと、必然的にいくつかの連載は休止となり、書き下ろしの単行本は発売延期になってしまう。結婚したてで、生活を支えていかなくてはならない僕に、そんな勇気ある決断ができるわけがない。大体、完治するまで休んだからといって、復帰して執筆依頼が再びあるとは限らない。利き手骨折はすなわち廃業を意味する危険性もある。

果たして僕は、骨折が仕事にまったく影響がないことを周囲にアピールした。「痛みもないんですよー」なるべく笑顔も心がけた。正直、あまり触れられたくもなかった。

しかし、本当はめちゃくちゃ痛かった。「1カ月は右手を動かしてはいけない」と医者に言われていたのに、実際は骨折した翌日からその禁を破り、気力で右手を使った執筆を再開していたのだ。そりゃあ、痛いに決まっている。残る四本の指だけを使おうと意識しても、自然に小指も動いてしまう。人間の手って、構造的に連動するんですね。

こうして、骨折期間を古典的な「ザ・ガマン」の要領でなんとか乗り切った。幸い仕事に支障をきたすことなく完治に至ったため、ようやく今になって本当の原因を衆目に晒そうと決意したわけだ。あのとき、嘘の理由を聞かされた仕事関係の皆様、大変申し訳ございませんでした。本当はただの夫婦喧嘩、つまり僕の自己管理ミスだったのです。

と、ここまで書いて今さら思ったのだが、なんとなく今回は僕が自分の武勇伝を自慢しているみたいになった気がする。ああ、なんだか妙に恥ずかしい。ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのです。大体あの我慢のおかげで、僕の右手の小指は曲がったままになっているのです。あ、やっぱり怪我自慢みたいですね。以後、自嘲します。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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