「恋愛に興味のない女なんていない」のか

「そういうことに興味のない男なんていないんだからさ」。よくそういう言葉を聞いた頃があった。「そういうこと」とは、セックスである。別にそんなことないんじゃないか、と思っていたし、全部をひとくくりにする言い方に抵抗も感じていた。

「そういうこと」に興味があったとしても、たとえば、目の前の女が誘ってきて、その誘いに乗るか乗らないか、はまた別の問題だったりする。「そういうことならなんでもかんでも、どんな状況でも必ず興味があるし、できる機会があればいつでもする」と思っているほうが珍しいと思うけれど、そういう言われ方をされてきたし、実際に心からそれを信じている人もけっこういた。

おそらく、そんな感じで、「恋愛に興味のない女なんていないんだから」と、長い間思われてきたのだろうと思う。女を惹きつけるキラーコンテンツは恋愛なのだと。映画でもマンガでもドラマでも、「恋愛」を描かないことには女性向けのジャンルは成立しない、ぐらいの勢いで恋愛を描くことに腐心してきたし、さまざまなパターンが出尽くしてきた。

恋愛風味のコンテンツがつまらなく見える理由

で、今はどうかというと、「恋愛」というジャンルは、急激に失速しているように見える。私の年齢が上がったせいで、自分から見える風景が変わっただけかもしれないが、友達みんなで「あの作品のあの恋愛について」語り合って、誰と誰がうまくいってほしいとか、誰のあのセリフはひどいとか、誰のあの行動にぐっと来たとか、そういう話をあまりしなくなった。

じゃあ、セックスや恋愛をみんなしなくなっているのか、というと、そういうことはないと思う。単に「はい、こういうの好きなんでしょ?」と押し付けられる大味な「恋愛風味」のコンテンツがつまらなく思えるようになっただけで、恋愛そのものが魅力を失ったり、人の興味をそそらなくなったりしたわけではない。

恋愛に興味があっても、その「恋愛」がどのようなものか、どのような相手とするものなのか、それは人によって違う。全然違う。なのに、それを「恋愛」とひとつにまとめてしまうことにまず大きな無理がある。ひとつにまとまってしまった「恋愛」なんて誰も欲しくないのに、「こういうの好きなんでしょ?」と言われても、たまらない。

「そういうのは好きじゃない」と思うけれど、それは「恋愛が好きじゃない」ということではないのだ。実際、「ひとくくりにしない」ことに成功している作品で、人の心に訴える強度を持つものはたくさん存在している。

大枠で語れるほど、人の感情は安くない

だいたい、なぜこんなに雑に「女は恋愛に興味があって、男はセックスに興味がある。絶対そうだ」という話になってしまうのだろう。大きな枠で捉えたときに、それは真実である部分はあるのかもしれない。けれど、個人の枠になると、ディテールの差に大きな違いが出る。

そのディテールを汲まずに、大枠をベースに物語や作品を作ると、漠然としてしまう。きっとこういう人間はこうするだろう、というところに、生身の人間ではなく、最大公約数的な人物像があてはめられてしまったら、リアリティは生まれない。

不景気で、多くのお客さんを集められる作品を目指したい、という作る側の欲求が強くなるにつれ、「一番多い普通の女の子」を仮定して、誰からも遠くはないのだけれど、誰にも決して近くまで迫ってこない物語が生まれるようになったのではないだろうか。 「普通の女の子」の中にだって、いろんな子がいるのだから。

「恋愛」さえあれば、人を、女を、惹きつけられるわけではない。そこに描かれているものや女たちの境遇、年齢、恋愛が、いま生きている女たちとまったく同じである必要もない。

ただ、個人であってほしい。多少、普通の基準や普通の感覚からずれていてもいい。真の共感を呼ぶのはそういう、たった一人の、どうしようもない恋愛の姿なのではないだろうか。

自分の恋愛は、個人の、どうしようもない恋愛の姿である。そんなにとてつもなく変わった恋愛の形がたびたび出てくるわけではないし、「普通」の枠内に入る恋愛のほうがずっと多いのかもしれないが、それでも個人の恋愛はオリジナルである。

多くの人が「自分は仲間はずれじゃないんだ」と思えるような恋愛作品よりも、オリジナルの恋愛に通底する何かを提示しない限り、恋愛をコンテンツとして流行させることは、難しいのではないか、と思う。大枠から出発するのではなく、個人から出発するのが大事なんだと思う。

大枠で語れるほど、人の感情って、そんなに安くない。でも、どこかに、多くの人が共通して感じられる気持ちは確実にあると思うのだ。そう、たとえば個人の、本当にわがままでどうしようもない矛盾した恋愛感情の中に。

<著者プロフィール>
雨宮まみ
ライター。いわゆる男性向けエロ本の編集を経て、フリーのライターに。著書に「ちょっと普通じゃない曲がりくねった女道」を書いた自伝エッセイ『女子をこじらせて』、対談集『だって、女子だもん!!』(ともにポット出版)、マイナビニュースでの連載を書籍化した『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、『東京を生きる』(大和書房)がある。恋愛や女であることと素直に向き合えない「女子の自意識」をテーマに『音楽と人』『SPRiNG』『宝島』などで連載中。最新刊は、『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)。

イラスト: 冬川智子