今年デビューした近鉄の新型名阪特急「ひのとり」(80000系)は豪華な内装で話題となった。そのシンボルが先頭車の「プレミアム車両」。東海道新幹線名古屋~新大阪間の普通車指定席より安く利用できる点も魅力といえる。
筆者は6月の平日、「ひのとり」で大阪難波~近鉄名古屋間を往復した。往路は「レギュラー車両」を利用し、復路は近鉄名古屋駅13時0分発「ひのとり」63列車(大阪難波行)の「プレミアム車両」を利用することにした。
■4列目からでも前面展望を楽しめる
「ひのとり」は各編成の先頭車(6両編成の1・6号車、8両編成の1・8号車)を「プレミアム車両」としており、迫力満点の前面展望も楽しめる。本来なら運転席後方の1列目を予約したいところだったが、人気の席だけに先約があり、今回は6号車(大阪方先頭車)の4列目、1人掛けの席を選択した。
筆者が乗車した列車の「プレミアム車両」は、家族連れなど観光で利用している人の割合がやや高く、乗車率は6割程度といったところ。先頭車に座った以上、やはり前面展望に注目せずにはいられない。
「プレミアム車両」はハイデッカー構造となっており、走行中、「アーバンライナー plus」や最古参の特急車両12200系とすれ違うたびに、「プレミアム車両」の車高の高さを実感する。前面展望は筆者の座った4列目からでも十分に楽しめるし、運転室から「制限115」「制限110」と歓呼する運転士の声も聞き取れる。往路と同様、「ひのとり」がつねに100km/h以上の速度を出していることがわかる。
ところで、100km/h以上で走るハイデッカー構造の車両だと、「かなり揺れるのでは」と思う人もいるかもしれない。そこで、乗車前に購入した駅弁とペットボトルのお茶を使い、「プレミアム車両」の揺れの程度を確かめることにした。結論から言うと、不快な揺れはほとんどなく、お茶がこぼれそうになることもなかった。カーブでの横揺れを除けば、レストランなどの店内で食事するのと大して変わらない。
「ひのとり」の「プレミアム車両」では、横揺れを低減するために電動式フルアクティブサスペンションを搭載している。「プレミアム車両」で気兼ねなく食事を楽しめるのも、この電動式フルアクティブサスペンションのおかげだろう。
■シートを倒すと簡易ベッドに近い形に
「プレミアム車両」の目玉といえば、「プレミアムシート」と呼ばれる本革仕様の電動リクライニングシート。「レギュラー車両」と同様、全席バックシェル付きで、後列を気にすることなくシートを倒せる。手もとのボタンでリクライニングの角度やレッグレストの角度など調整でき、試しにシートを限界まで倒してみると、座面とレッグレストが動き、簡易ベッドに近い形になった。
座席の前後間隔は130cmもあり、国内の鉄道業界において最大級だという。そのおかげもあり、身長175cmの筆者でも思いきり足を伸ばすことができた。名阪間で2時間余りの乗車時間を生かし、「ひのとり」の車内でひと眠りするのも良さそうだ。
シートの背もたれ部にはヒーターが備わっている。手もとのボタンで操作することにより、背中のあたりがじんわりと温かくなった。冬の時期に重宝することだろう。
プレミアムシートの大型テーブルは収納式で、他にテーブルカップホルダーも設置されている。もちろん全席コンセント付き。ただし、「レギュラー車両」のレギュラーシートを利用した後だと、プレミアムシートの大型テーブルはやや小さいように感じられた。パソコンを置くときなど、注意が必要かもしれない。
もうひとつ、「プレミアム車両」では荷物棚がそれほど広くないことも注意点に挙げられる。大きめのキャリーバッグを置くと、キャスターの部分がはみ出てしまう可能性がある。大きい荷物を持っている場合は、先頭車のデッキにある無料ロッカーの利用をおすすめしたい。
■車内販売の代わりになるカフェスポット
近鉄は3月8日をもって、土休日ダイヤの昼間時間帯に実施していた名阪特急の車内販売を廃止した。3月14日にデビューした「ひのとり」でも、車内販売は行われていない。その代わりとして、先頭車のデッキにカフェスポットを設置している。1杯200円で挽きたてのコーヒーを購入できるコーヒーサーバーもあり、コーヒーは濃厚な味わいでおいしかった。
コーヒー代の支払いは硬貨のみとされ、交通系ICカードには対応していない。コーヒーサーバーの近くに両替機があり、お札しか持っていない場合はここで両替できる。カフェスポットにはティーバッグやお茶菓子などを買える小型の販売機もあり、コーヒーが苦手な人はこちらを利用すると良い。車内販売の廃止は残念だが、名阪間の所要時間が2時間強であることを考えると、飲食類は乗車前に購入するか、車内のカフェスポットまたは自動販売機(3号車に設置)を活用すれば十分だろう。
13時45分に津駅を発車すると、「ひのとり」は大阪市内の鶴橋駅まで停まらない。車内の様子を見ると、「レギュラー車両」は各車両とも3割程度しか埋まっておらず、6号車の「プレミアム車両」より少なかった。もちろん「プレミアム車両」と「レギュラー車両」の座席数を考慮しなければならないが、平日の昼間時間帯にもかかわらず、「プレミアム車両」の乗車率の高さに驚いた。
「プレミアム車両」の乗客はシートの写真を撮るなどしつつ、思い思いに過ごしている様子。「超快適だ」という声も聞こえてきた。
「ひのとり」は15時8分、終点の大阪難波駅に到着した。多くの乗客が大阪難波駅まで乗り通したようで、下車後すぐに「ひのとり」の先頭車で記念撮影を行っていた。
■「プレミアム車両」が「ウィズコロナ時代」のモデル車両に?
大阪難波~近鉄名古屋間で「ひのとり」に乗車した場合、料金は「レギュラー車両」が4,540円(運賃+特別急行料金+特別車両料金)、「プレミアム車両」が5,240円(運賃+特別急行料金+特別車両料金)。東海道新幹線「のぞみ」の普通車指定席を利用した場合、名古屋~新大阪間の料金(通常期)は6,680円で、難波へ行くなら新大阪駅で乗換えが必要となる。所要時間では新幹線にかなわないものの、「プレミアム車両」でも新幹線より安く利用でき、名古屋から難波へ直結する「ひのとり」のメリットは大きい。
リーズナブルな料金でプレミアムな車内を楽しめる「ひのとり」の魅力はデビュー前から語られてきた。「ウィズコロナ時代」などといわれるようになった現在、「ひのとり」の重要性は増したのではないかと感じる。実際、「プレミアム車両」の1人掛けの座席でひとときを過ごし、「隣の席に人がいない」と感じるだけで、精神的にも楽な鉄道旅行だった。コロナ禍に巻き込まれ、思いもよらぬ形でのデビューとなったが、ひょっとしたら「ひのとり」の「プレミアム車両」が、「ヴィズコロナ時代」のモデル車両になるかもしれない。