企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。
第26回は、東京テアトル株式会社リノベーションマンション事業部 買取再販営業2部長の柏木隆(かしわぎ たかし)氏に話を聞いた。
経歴、現職に至った経緯
東京テアトル株式会社は映像関連、飲食関連、不動産関連の3分野で事業を展開している。
「私は2005年、新卒で東京テアトルに入社しました。最初の配属先はホテル事業部で、池袋のビジネスホテルでフロントの仕事をしていました。稼働率が100%に近く、インバウンドのお客様も多かったため、接客や宿泊サイト上の部屋の管理など、とにかく忙しく働いていました」と話しはじめた柏木氏。
2年後の2007年、新規立ち上げの中古マンション買取再販事業部に異動となった。営業マン、チームリーダー、マネジメントと仕事内容を変えながら、現在まで約15年同事業に携わってきた。新規事業が発足した背景について、こう語る。
「中古マンション買取再販事業部が立ち上がった2007年頃は、首都圏の住宅市場は変化の時期にありました。都内では新築マンション用地の不足や、建築費の値上がり、販売価格の高騰等によって新築の供給戸数は減少。逆に中古マンション市場のポテンシャルが見直され、年々成約数が増加している時期でした。リノベーションという言葉が出始めたのもこの頃です」と振り返る。
東京テアトルでも、グループ会社で中古不動産を再販売しており、業績好調だった。
「事業を本社に移管することが決まった際、今後成長の可能性がある中古マンションに特化した部門を作ることになりました。それから15年、今日まで成長を続けています。その理由の1つに、東京テアトルの創業者が掲げた“人々の暮らしに潤いを与える”という理念と、“快適な暮らしの実現”をする事業に親和性があったことが挙げられると思います」
事業内容について
続いて、リノベーションマンション事業部の事業内容について伺った。
「私たちは、中古マンションの再生事業を通して中古不動産の流通が抱える課題を解決し、次世代のお客様に快適な暮らしを提供しています。主に一都三県の首都圏エリアで、中古マンションを1部屋単位で買い取り、自社グループ施工でリノベーション工事を行い、物件の価値を最大化。古過ぎて売れない、即現金化したいなどの売主の課題を解決しつつ、買主側の中古物件に対する不安や、費用を抑えたい要望を叶えられます」と柏木氏。
現在は、不動産仲介会社との情報ネットワークにより、年間4,000〜4,500件の物件情報を取得している。そのうち買い取り、リノベーションするのは年間200〜220件ほど。近年では、エンドユーザーから直接買い取りをする件数も増えてきているという。
「リノベ―ションした物件には『ホームステージング』と呼ばれる、家具やインテリアのコーディネイトを施し、生活風景がイメージしやすいようにしています。コロナ禍に対応するため、遠隔で案内可能な3D画像も作っています」
首都圏エリアでは順調に成長を遂げたリノベーションマンション事業部。2023年には関西エリアに営業所を出すことが決まった。エリアを拡大し、人員を増やして年間250~300件の規模に拡大する方針だ。
お客様目線の欠如で失敗
失敗談について伺うと、立ち上げ当初の失敗について語ってくれた。
「やはり、新しく始めた時が一番苦労しました。不動産の知識も営業の経験もなく、どこまで出来るかは不安ではありましたね」
その中でも一番苦い経験というのは、事業のまさにスタート地点でのことだった。
「営業として最初に買い取ってリノベーションした物件は全く売れませんでした。異動して、更に新規事業部ということで、結果を出さなくてはという思いでひたすら飛び込みで不動産業者に営業訪問していました。ただ、なかなか良い情報はもらえず、手ごたえのないまま月日が過ぎて、徐々にあせっていきました」
知識も経験もない分野で奮闘していた柏木氏は、上司からアドバイスを受けた。
「今の営業方法では無理だろうなと思っていたころ、上司から『債務整理案件を狙ってみては』という話があり、エリア営業の合間で債務整理物件を扱っている物件を探し、アタックするようになりました」
そうしたなかで、足立区に可能性のありそうな物件を見つけた。
「現地に行くと、大通り沿いに面した築15年のオートロックマンション。室内はそれなりに使えそうな状態でしたが、リビングが狭く、間取りがあまりよくない。仲介していたのは債務整理専門の業者で、東北なまりの巨漢営業マンでした。歴戦の不動産業者を相手に、値下げはあまり交渉できませんでしたが、会社に頼み込んで買い取りさせてもらいました」
やっと購入できた物件をリノベーションする段階で、間違いは起きた。
「予算もなく、それなりに使えそうだったため、原状回復程度のリフォームをしました。今思えば、そこに住む人を想定した間取りの変更や、物件の魅力を引き出すリノベーションが必要だったのだと思います。当時は購入者や実際に住む方のお客様目線に立てていませんでした」と悔やむ。
販売はその業者にお願いしたものの、全く売れず、その後自社での販売に切り替えた。しかし、販売価格を下げても全く売れなかったという。
「通常2、3か月で売れるところ、その物件は販売して成約するまでに1年半もかかりました。事業部の歴史でもワーストかもしれません。最終的な収支は大赤字。最悪のスタートでしたが、そこから得られたことも大きかったのでいい経験でした」と振り返る。
“自分事”のようにお客様目線で考え抜く
この経験から、なぜうまくいかなかったのかと考え抜いた柏木氏。
「一番の原因は、お客様目線が欠如していたことだと気づきました。結局は“購買”という成果が欲しいだけで、物件のメリットやデメリット、ターゲットの想定、それに見合ったリノベーション企画を全く考えられていませんでした」と思い起こす。
「今では、自分事のようにお客様目線で考え抜いたうえで、やるべきこと・逆にやらないことを決めるのが大事だなとつくづく思います。過剰なスペックにしたり、デザインを求めすぎたりしてしまうことはありがちですが、そうするとお客様が本当に求めるものとのズレが生じてしまいます」と語る柏木氏。
当時、柏木氏は20代半ば。まだ家庭も持っておらず、当然物件を購入した経験もない。
「子どもを持つ家族の悩みや、住まいに求めていることがわかりませんでした。そこで、身近で子どものいる家族を探して話を聞いたり、他のプランニングからヒントをもらったりするようにして、その後のリノベーション企画の参考にしました」
経験を経て、自分では想像の及ばない他者の生活スタイルや住環境に配慮するようになったという柏木氏は、こう続けた。
「自分で考えられることや経験できることはたかが知れています。仕事を進めていく上で大事なことの1つは、自分にないスペシャルな能力をもつ人や、自分が経験していないことを知る人からどれだけ情報を得て、インプットできるか、ではないでしょうか」と分析する。
「中古マンションを数多く取り扱っていると、私たちにとっては1つの案件ですが、お客様にとっては、『一生で一回の失敗できない大事な買い物』です。事業規模が大きくなっても、自分たちが誰に何を提供しているのかを常々考えて、その人に喜んでもらうためにはどうすべきか、真摯であり続けるというのが何より大事だと思っています」
就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを
最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けたメッセージをもらった。
「仕事をしていくと、様々な失敗をすると思います。新規開拓の営業をしてきた私は、たくさん失敗をしました。結局は、失敗をどのように活かすかが大事なのではないでしょうか」と柏木氏。
新規事業部での自身の経験を引き合いに出し、こう語る。
「私の経験で言うと、初めてのリノベーション物件では大赤字になってしまいました。しかし、その時の取引業者さんとは15年近くお取引をする関係となり、その後の事業収益に大きく貢献していただきました」
そして失敗してしまったときの対処法について、こう続けた。
「失敗しても思い悩むのではなく、プラスになるところを抽出して次につなげる。それを繰り返していくと成功パターンがわかるようになり、仕事も楽しめるようになると思います。就職活動は大事な期間ですが、失敗を恐れず、自分の長所が活かせると感じる会社を選んで、楽しい社会人生活を送ってもらえればと思います」とエールを送ってくれた。