前回は、お金が実は「体」を持たない幻のような存在で、その価値も揺れ動いているという話をしました。

お金の「値段」の測り方

実際、イギリスが国民投票をしてEU(欧州連合)から脱退することを決めたというニュースを受けて、同国のお金であるポンドはもちろん、円やユーロまで価値が乱高下しています。私たちは様々なものの価値を金額で測ることに慣れているので、「100円」とか「1万円」といった価値は揺るぎないものだと錯覚しがちですが、実はとても不安定なものなのです。そこで今回は、お金の価値について考えてみましょう。

お金の「値段」は、どうやって測ればいいのでしょう。「お金に値段があるの?」と戸惑った人もいるかもしれません。でも、現代では「お金」は立派な商品です。それどころか、世界全体で売買されている規模から言えば、テレビや自動車といった「モノ」よりもずっと大きいのです。

お金に値段をつける方法はいくつかありますが、最もわかりやすいのは、別の国のお金で表す方法でしょう。

イギリスのEU離脱を巡って、「円高が進んで一時1ドル=100円を突破した」というニュースが駆け巡りました。これはつい最近まで「1ドル」が105円くらいで売り買いされていたのに、一気に99円台にまで値下がりした、という意味です。裏返せば1ドル以下だった「100円」の値段が上がって1ドル超になった、ということもできます。ドルから見て円が値上がりしたので「円高(ドル安)になった」と表現されるのです。こうした、他国のお金で測ったお金の値段は「為替(かわせ)レート」と呼ばれます。

ところで、為替のニュースはテレビや新聞では「1ドルが100円50銭から100円52銭の間で取引されています」といったように、1~3銭(1銭は1円の百分の一)程度の幅で表現されます。これは「だいたいこれくらいの値段ですよ」と幅を持たせているわけではなく、銀行などが「1ドルが100円50銭なら買いますよ、ほしい人には100円52銭で売りますよ」と言っている、という意味です。普通の商品で言えば仕入れ価格(お店が買う値段)と小売価格(お客さんに売る値段)のようなものです。ここからもお金が商品であるという意味がわかるでしょう。

「お金の値段」が決まる仕組み

お金の「値段」が変わる理由 - 人々にどれだけ必要とされているか

では、どうして為替レートは、時事刻々と変化しているのでしょう。これは第6回で説明した、モノやサービスの値段がどうして変わるのか、という話と基本的には同じです。お金も商品である以上、「人々にどれだけ必要とされているか」と「実際にどれだけ世の中に存在するか」によって値段が決まるのです。

例えば、国民投票でEUからの離脱を決めたイギリスのお金(ポンド)は値下がりしました。これは、簡単に言えば多くの人が「ポンドはこれまでより必要性が下がる」と考えたからです。人気が落ちた、と言い換えてもいいでしょう。

イギリスはユーロこそ導入していないものの、現在はEUの一員です。このため、同国の人や企業は、他の加盟国でも国内と同じように自由に取引することができます。とくに首都ロンドンには世界から情報や人材が集まるので、外国の銀行や証券会社がEUで活動するための拠点を置いています。言ってみれば、EUの金融窓口のような役割を担っている国なのです。

ところがEUから抜けると、イギリス企業がEUの企業と取引する際、さまざまな規制を受けたり、手数料を取られたりするようになります。こうなるとイギリスの貿易が縮小したり、ロンドンに集まっていた金融機関もドイツなど他のEU加盟国に拠点を移したりするかもしれません。

もしイギリスとEUとの間で取引が減れば、ポンドを利用する機会は減ってしまうでしょう。イギリスのお金の必要性は下がるわけです。こうした連想から、みんながポンドを買わなくなったので、値段も安くなったのです。

お金の「値段」が変わる理由 - 実際にどれだけ世の中に存在するか

お金の値段の変化には、こうした「人々にどれだけ必要とされているか」に加え、「実際にどれだけ世の中に存在するか」も影響します。これはモノやサービスの値段でも同じでした。

前回、アフリカのジンバブエで発行された「100兆ジンバブエ・ドル札」について書きました。人々が政府を信用しなくなった結果、その政府が発行するお札の価値が極端に下がってしまったという話です。

このときジンバブエ政府は、大量のお札を発行することで、お金の価値が下がった分を補おうとしました。「1ジンバブエ・ドルで買えるモノが半分に減ってしまったのなら、印刷機を動かして、お金の量を2倍に増やせばいいじゃない」という発想です。

ところが、世の中にお金があふれれば、さらにお金の価値が下がってしまいます。国民も野放図に発行されて価値がどんどん下がっていくお金を使いたがるわけがなく、お金を受け取ってもすぐにモノに替えてしまおうとします。つまり、お金の発行量が増えることがその価値を引き下げ、それがお金の人気の低下を招き、さらなる価値の下落に拍車をかけるという悪循環に陥ったのです。

こうなると、お札を印刷する量を増やすだけでは間に合いません。政府は仕方なく、お札の額面の方をどんどん大きくしていきました。例えば100ジンバブエ・ドル札を100枚刷るくらいなら、1万ジンバブエ・ドル札を1枚刷った方が、ずっと安くてすむわけです。行き着いた先が、1枚が100兆ジンバブエ・ドルという冗談のようなお札でした。結局、政府は自前のお金を発行するのをあきらめて、米ドルや日本円など他国のお金を使うことにして、このイタチごっこは終わったのです。

実は、ジンバブエほど極端ではありませんが、日本で、デフレから脱却する目的で採用されている手法も、考え方はこれに近い部分があります。日本銀行(日銀)が世の中に出回る円の量を増やすことで、円の価値を下げようとしているからです。お金の価値が下がるということは、裏返せばモノやサービスの値段が上がるということ。つまり物価が上昇してインフレになる(デフレが終わる)、というわけです。

ただ、今のところ、この政策は半分しか成功していません。他国のお金で測った「円の値段」が下がった(円安になった)という意味では効果があったのですが、いくら日銀が銀行にお金を流し込んでも、思うように国内の物価が上がらないのです。

これは、お金が「分身の術」を使えなくなっているのが原因です。前回、お金は幽霊のような存在だと書きましたが、実は忍者のように発行された後で増える性質も持っているのです。ところが日本のお金は、最近この得意技が使えなくなっています。「分身の術?」と首をかしげた人もいるでしょうが、この話は次回にしたいと思います。

著者プロフィール:松林薫(まつばやし・かおる)

1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済解説部、東京・大阪の経済部で経済学、金融・証券、社会保障などを担当。2014年、退社し報道イノベーション研究所を設立。2016年3月、NTT出版から『新聞の正しい読み方~情報のプロはこう読んでいる!』を上梓。