前回は、モノやサービスを生み出す「生産」という活動について考え、その規模を測るものさしとしてGDP(国内総生産)を紹介しました。そこで今回は、生産活動がどのような形で私たちの社会を動かしているのか、その「流れ」についてみてみましょう。
生産活動のきっかけは、誰かがそれを必要とすること
ところで、私たちがモノを作ったりサービスを提供したりするのはなぜでしょう。もちろん、誰かがそれを必要としているからです。言い換えると、生産活動のきっかけになっているのは、そうした「必要」だということができます。「必要は発明の母」という言葉がありますが、それにならって「必要は生産の母」といってもいいでしょう。
「必要なもの」には、食べ物や家のように「それがなくては生きていけないもの」もあれば、ゲーム機やエステのように「なくても生きていけるけど、お金があれば買いたいもの」もあります。それらをひっくるめて経済用語では「需要」といいます。
お腹が空けば、何かを食べなければなりません。これは「食べ物の需要が生まれた」ということを意味します。一方、給料やアルバイト料をもらったときも「新発売のゲーム機がほしいな」「エステに行きたいな」などとウキウキしてくるものです。これも、お金が手に入ったことで「需要が生まれた」わけです。需要と聞くと難しく感じる人は、頭の中で「必要」と言い換えてもかまいません。
この連載では、何度か「経済活動には流れがあって、ぐるぐる回っている」という点を強調してきました。回っているからには始まりも終わりもないのですが、ここではこの「必要」を出発点に経済の流れを考えてみましょう。
生産が利益を、利益が賃金を生む
もう一度、前回のGDPについての説明を思い出してください。GDPは「ある国にいる人々の1年間の生産活動の成果」を表す指標でしたね。そして、その生産の中身は「今を豊かにするため=消費」「将来を豊かにするため=投資」「外国との取引のため=輸出入」の3つに分けられました。
生産は誰かの必要を満たすために行われるのですから、必要(需要)の中身も同じように3つに分けられるはずです。つまり、「今を豊かにするのに必要なもの」「将来を豊かにするのに必要なもの」「外国と取引するのに必要なもの」です。
これも連載第2回の復習になりますが、経済の登場人物は「個人(家計)」「企業」「政府」でした。この3者には、さまざまな必要が生まれます。個人なら、先ほどの例のように「お金が手に入ったのでエステに行きたくなった」といったケースが考えられます。これは今を豊かにするための買い物なので「消費」です。「子どもが大きくなってきたので家を買わなくちゃ」ということなら将来を豊かにするためなので「投資」といえます。
同じように政府にも、「お巡りさんを新規に採用したので制服を買って支給しよう(消費)」とか、「地震で橋が壊れたので新しく作らなければ(投資)」といった新たな必要が生まれます。もちろん、企業だって消費や投資をします。
こうした様々な必要を満たすため、モノやサービスが生み出されます。それを担うのは3つの登場人物のうち主に企業です。もちろん炊事や洗濯のように家庭内で個人が生み出すモノやサービスもあるのですが、ここでは単純化するために省いて考えます。同様に、政府が道路や橋を作るようなケースも、実際には建設会社などに頼むので、「企業」に含めてしまいましょう。
さて、企業は生み出したモノやサービスを誰かに売って代金を受け取ります。結果として赤字になってしまうケースもありますが、基本的には「利益」が生まれます。企業はこの利益で新しく工場を建てたり、お店を増やしたりして事業を拡大しようとします。こうした行動は将来を豊かにする「投資」です。言い換えると、企業が事業をして利益が上がることで、投資という新しい「必要(需要)」が生まれるわけです。
一方、企業に雇われて働いた個人には給料(賃金)が支払われます。このお金で旅行に行ったり(消費)、家を買ったり(投資)するのです。そして、勤め先の業績が好調で思いがけずボーナスがたくさんもらえたりすると、「買いたいもの」が増えます。「いつもは行かない高級レストランで食事がしたいな」といった新たな需要が発生するわけです。
流れがわかれば経済ニュースの全体が見えてくる
こうした流れを図にまとめてみました。世の中の必要を満たすために生産が行われ、企業は利益を、個人は賃金を受け取ります。そしてそのことが、新たな消費や投資、つまり「必要」を生み出す……。この循環が経済の「流れ」なのです。
実は、経済ニュースを読むときも、この図のどこについての話なのかを意識すると全体像が見えてきます。例えば、「自動車メーカーが新しい工場を建てる」という記事なら、「自動車の需要が増えたので、それに応えるために企業が投資するという話だな」と理解できます。
つまり、このニュースの背景には、「自動車の需要が増えた」という変化があるわけです。その理由は、「日本でネット通販が盛んになって、商品を運ぶトラックがたくさん必要になったから」かもしれないし、「アメリカの景気が良くなって日本車を欲しがる人が増えたから」かもしれません。いずれにせよ「ニュースの背景」について推理することができるわけです。
同時に、「ニュースの先」を予想することもできるようになります。企業が生産を拡大するなら、利益も増えるはずです。すると、さらなる事業の拡大を目指す余力が出てくるでしょう。
新しく従業員を雇ったり、今いる従業員に残業してもらったりする必要も出てきます。すると、働く人たちの賃金は増えるでしょう。懐が暖かくなったら、モノやサービスをより多く消費するはずです。
需要が生産を後押しし、生産によって利益や賃金発生することで次の需要を生み出す……。なんだか景気がいい話ですよね。そう、実はこの流れこそが「景気」が良くなったり悪くなったりする理由なのです。
次回は経済のもうひとつの「流れ」である、景気について説明しましょう。
著者プロフィール:松林薫(まつばやし・かおる)
1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済解説部、東京・大阪の経済部で経済学、金融・証券、社会保障などを担当。2014年、退社し報道イノベーション研究所を設立。2016年3月、NTT出版から『新聞の正しい読み方~情報のプロはこう読んでいる!』を上梓。