前回は、経済を物語に例え、「登場人物」について説明しました。具体的には経済を動かしている人や組織を「家計」「企業」「政府」の3つに分類し、それぞれの関係について考えました。

おさえておきたい経済の「流れ」

そこで今回は、経済という物語の「あらすじ」、つまり流れについて説明しましょう。経済を理解するうえでとても重要なのが、この「流れ」です。この部分が頭に入っているかどうかで、経済ニュースの見方はかなり違ってくるのです。

実は、経済現象の多くは循環しています。わかりやすく言えば「ぐるぐる回っている」「繰り返している」わけです。まず、このイメージを頭のどこかに刻み込んでおいてください。

経済の流れでとくに重要なのは、「生産の流れ」と「景気の流れ」の2つです。ただ、景気の流れを理解するには、生産の流れを理解する必要があります。そこで、まず生産について説明しましょう。この部分は重要なので2回に分け、まずスタート地点である「生産とは何か」を説明したうえで、次回にその「流れ」を見ていくことにします。

経済の中心にあるのは「生産=働くこと」

「生産」と聞くと専門用語っぽくて警戒してしまうかもしれませんが、漢字を見たらわかるように「生み(産み)出すこと」で、別に難しい概念ではありません。何を生み出すかといえば、モノやサービスです。

例えば、工場で自動車を製造する場合はモノを生み出していることになります。そして、その自動車をお店に並べて売ったり、売った後で整備したりするのはサービスを生み出していることになります。もちろん、自動車を使ってタクシー業を営む場合も、運輸というサービスを生み出しているわけです。

少し考えればわかるように、私たちの生活はこうした生産活動によって支えられています。そして、モノやサービスを生み出すということは、別の言い方をすれば「働く」ということです。この連載の第1回で「経済とはお金の話ではない」と書きましたが、経済の中心にあるのはお金ではなく「生産=働くこと」だといってもいいでしょう。

実際、私たちが「豊かさ」を実感するのは、誰かが生み出したモノやサービスをたくさん使えるときです。もちろん、お金をたくさん持っていると豊かな気持ちになるかもしれません。しかし、よく考えると、お金がたくさんあっても、誰かが十分なモノやサービスを生み出していなければそれを利用することはできないのです。

同じように国の経済について考えれば、「豊かな国」とはモノやサービスがたくさん生み出されている国、ということになります。そうした国はたくさんお金を持っているのが普通ですが、それは生産が盛んであることの「結果」でしかありません。

実は、このことを数字で表そうとして考え出されたのが、ニュースでよく目にする「GDP」です。GDPは日本語で「国内総生産」といいます。なにやら難しそうな言葉ですが、冷静に漢字を眺めると、「国内のすべての生産」という意味だということが見えてきます。要するに、「ある国で1年間にどれくらいのモノやサービスが生み出されたか」を表す指標なのです。

GDPの大きさは、ふつう金額で示されます。ただ、これも自動車や散髪といった様々なモノやサービスの「量」を、統一したものさしで測るための、いわば苦肉の策です。仮に生み出されたのがキャベツ1個と自動車1台と散髪1回分だったとして、これらをひっくるめて量で表すには「重さ」や「カロリー」や「時間」ではうまくいきません。そこで、一番簡単な「値段」で測っているだけなのです。

GDPの本当の意味がわかれば、この数字が「1年に生み出されたお金」という意味ではないことも理解できるでしょう。

実際、GDPには一般的な意味で「商品」とは言えないものの価値も加算されます。例えば、アパートに住んでいる人は、家賃というお金を払って賃貸サービスを利用していることになります。これをGDPに加えるのは難しくありません。しかし、持ち家に住んでいる人はどうでしょう。ローンを返し終わっていればお金は払う必要がありませんが、アパートに住んでいる人と同じように、「屋根の下で雨風を避けて生活できる」という価値を受け取っています。

実はこの場合は、近所のアパートの家賃などからその「価値」を推計してGDPに加えているのです。それどころか、炊事や洗濯といった「家事労働」で生み出された価値も加えようという動きが国際的に進んでおり、日本でも参考値として発表され始めています。「お金のやり取りだけが経済ではない」というのは、最も身近な指標であるGDPについても当てはまるのです。

さて、私たちの働きによって生み出されるものには様々な種類があります。「モノ」か「サービス」か、という分類もできますし、同じモノでも「食べ物」「道具」などさらに細かく分けることが可能です。

生産を「消費」と「投資」に分けて考える

しかし、生産の流れを考えるうえでは、「消費」と「投資」という区分が重要になります。生み出されたモノとサービスを、この2つのタイプに分けるのです。

消費や投資と聞いて、面食らった人も多いかもしれません。私たちは日常生活で、モノやサービスをそんな風には分類しないからです。でも、そんなに難しい話ではないので焦らずに続きを読んでみてください。

「消費」とは、わかりやすく言えば「モノやサービスを今使う」という意味です。例えば肉や野菜は、スーパーで買ったらすぐに食べてしまいます。文房具や衣服なども、1~3年先くらいまでは使えますが、基本的には今すぐ使おうと思って手に入れるのが普通でしょう。サービスもそうです。私たちは今を楽しむために映画を見たり、ゲームをしたりします。

こうしたモノやサービスは「消費財」と呼ばれます。「財」とは簡単に言えば商品のことです。

消費が「今」を豊かにするための行動なのに対し、「投資」とは「将来」を豊かにするための行動です。投資と聞くと株や債券を買うことだと思われるかもしれませんが、それは投資のほんの一部にすぎません。

もちろん、将来を豊かにするために(逆の結果になることはありますが)株や債券を買うのですから、それも間違った理解ではないのですが、金融商品を買うことだけが投資ではないということです。

むしろ「生産」を中心に据えて経済を理解するときには、企業が工場を建てたり、国や自治体が道路を造ったり、私たちが家を建てたりすることを指します。どれも将来を豊かにするための行動だということはお分かりいただけるでしょう。こうした、工場や道路や家といった、将来のために生み出されるものを、「消費財」に対して「投資財」と呼びます。

なぜこのように生み出されたものを「消費」「投資」に分けて考えるかというと、「投資」は翌年以降の生産に影響を与えるからです。経済は流れが重要だと言いましたが、それを考えるには、その年のうちにほとんどが消えていく「消費財」よりも、翌年に新しいモノやサービスを生み出す元となる投資財が重要です。国がより豊かになっていくかどうかを左右するのが、この投資なのです。

このように、国内で生み出されるモノやサービスは「消費」分と「投資」分に分けられます。ただ、日本くらい大きな国になると、外国から買ってきたり、逆に外国に売ったりする商品も無視できない量になります。ですから、国全体の経済を考えるときには、こうした外国との取引も考える必要があります。

そこで、国内で生み出されて外国に出ていく分から、外国で生み出されて国内に入ってくる分を差し引いて「輸出入」分と考えることにしましょう。当然、入ってくる方が多ければ、この数字はマイナスになります。極端な例で言えば、1年間、国内では何も生み出さず、国民が必要とする商品をすべて外国から買った場合、GDPはマイナスになるわけです。もちろん、こんなことはありませんが。

「GDP」とは?

回り道をしてしまいましたが、これでようやくGDPについて説明することができます。

GDP、つまり「1年間に国内で生み出されたモノやサービスの価値」は、「消費」「投資」「輸出入」の3つから成り立ちます。これらの価値を金額で示したものがGDPなのです。

GDPの中身

もう少し詳しく説明すると、 GDPを計算する際には「そのままの形で使えるモノやサービス」の金額だけを足し合わせます。例えば自動車は私たちがそのまま使うことができますが、自動車に使われている窓ガラスやネジは単体で使うことができません。

この場合、GDPの計算には窓ガラスやネジなどの価値(値段)をすべて含んでいる自動車の価値(値段)を用います。同様に、ケーキをGDPに加えるときは、ケーキの値段だけを計算し、原材料である小麦粉や卵、クリームなどの値段は加えません。

どうでしょう。GDPと聞くと「なんとなくわかったような、わからないような感じ」だった人でも、少しは具体的なイメージが浮かんできたのではないでしょうか。要するに、「国内にいる人たちが1年にどれだけ働いて成果を上げたか」を理解するために考え出された数値なのです。

著者プロフィール:松林薫(まつばやし・かおる)

1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済解説部、東京・大阪の経済部で経済学、金融・証券、社会保障などを担当。2014年、退社し報道イノベーション研究所を設立。2016年3月、NTT出版から『新聞の正しい読み方~情報のプロはこう読んでいる!』を上梓。