このクルマでは、ほとんどアクセルペダルを踏み込まなかった。アウディ「e-tron GT」という電気自動車(EV)だ。「ガソリン車から乗り換えても、自然な感じで乗れる」EVだと事前に聞いていたのだが、乗ってみて半分くらいは納得できた感じだった。感想としては「異次元だなー!」というのが強く残っている。
アウディのEVは売れている?
アウディは25年までにグローバル販売台数の3分の1をEVにするという目標を掲げている。それまでに電動化モデル30車種を投入する計画で、そのうち20車種をEVにする予定だ。
「e-tron」という車名ではこれまでに、SUVとSUVクーペが発売となっている。今回の「GT」はスポーツカータイプだ。このe-tron、これまでに世界で累計10万台以上が売れているそうで、EV普及率の高いノルウェーではトップシェアを獲得したこともあるという。寒い場所でバッテリーはどうなの? と不安視する声もある中、同国でトップをとれたことはアウディとしても嬉しかったそうだ。しかしノルウェーの人たちは所得水準が高いのか、それともEV購入に対する補助金が手厚いのか、いずれにせようらやましい話だ。
e-tron GTには「e-tron GT quattro」(1,399万円)と「RS e-tron GT」(1,799万円)の2種類がある。日本での販売分は2022年前半分までが売り切れ(12/16に聞いた話)だそうだから、これから注文しても手に入るのは2022年後半以降ということになるだろう。試乗したのは「安い方」だ。
e-tron GTのプラットフォームはアウディとポルシェが共同開発したもの。ポルシェはそれを使って「タイカン」というEVを作った。実はタイカンにも乗ったことがあるのだが、そのときはクルマが想像以上に大きかったのと、恐ろしく速そうなのとで気が引けてしまい、国立競技場の近くにある楕円形の道路をとろとろと何週かして、同乗者にハンドルを譲ってしまっていた。なので、今回は初めて運転する気持ちでe-tron GTに乗った。
まずデザイン。これはカッコいい。フロントには、どのボディカラーを選んでも黒っぽいマスクのような意匠が入るらしい。テールランプは左右から飛んできた矢が交わった瞬間のような雰囲気で相当クールだ。試乗車の内装は違ったが、インパネのところがウッドの仕様も選べるみたいなので、買うならそっちにしたい。
乗るとシートの位置が低いから目線も低くなる。気になったのは後方の視界で、リアウィンドウが小さいからか、それとも角度がなだらかだからか、いろいろ確認しづらそうというのが最初の印象だった。ただ、試乗中に後方視界について何か不安に感じたことはなかったので、取り越し苦労だったのかもしれない。乗りだしてすぐ、羽田空港周辺の街に迷い込んだときには、細い道路の交わる曲がるべき交差点を何度もスルーしてしまったほど、ボディが大きく感じた。でも、これにも結局は慣れた。乗り心地はどっしりとしていて快適そのものだ。
クルマの前後に1つずつ(計2基)のモーターを搭載し、4輪駆動で走るe-tron GT。電子制御には長年のノウハウと最新の技術が盛り込んであり、走行状況に応じて前後のトルク配分を0:100~100:0の間で調整してくれる。乗っていて「あ、今は82:18だな」みたいに感じ取ることはできなかったが、そういうハイテクなクルマに乗っていると思うだけで、ちょっと嬉しい。HPに書いてある「路面に吸い付くような走行安定性」というのは、紙ドライバーレベルでも十分に感じられるすごい出来栄えだった。アクセルを踏むと聞こえる「ヒュイーン!!」といった感じの音も近未来的で好きだ。
どのくらい速いかというと、恐ろしくて全開は試せないくらい速い。体感だと、普通の道路ならアクセルペダルを4分の1くらい踏めば十分すぎるくらいの速度が出るし、高速道路でも3分の1くらいで問題がなく、高速道路への合流で2分の1も踏めば背中がシートにぴたっとくっつき、それ以上踏み込めば目には涙がにじむ。たぶん、速さを求めれば、どこまでも速く走るクルマなのではないだろうか。力が湧いて出る感じ。こういうクルマをトルクフルと表現するのだろう。
ただし、無茶な踏み方をしなければ挙動は自然だから、全くギクシャクしない。むしろ、ちょっとした足の動きでスムーズに走らせることができて、気分がいい。速さとスムーズさは、e-tron GTのEVらしいところだと感じた。
逆に、アクセルペダルを離すと回生が働いて、ぐっと減速するEV特有の例の感じは、少なかったように思う。ここは、EVらしからぬ部分なのではないだろうか。もちろん回生は働いていて、最大0.3Gまでの減速なら通常のブレーキを使わず、回生だけで対応可能とのことなのだが、アクセルを離したとたんにグググっと回生ブレーキが効く、という感じではなかった。回生の強さはハンドルの後ろに付いているパドルで3段階で調整できるのだが、最も強いモードを選んでも、そこまでではなかった。減速したければ、しっかりとブレーキペダルを踏む。この感覚は、ガソリン車から乗り換えても違和感がない部分といえるのかもしれない。
搭載するバッテリーの総電力量は93.4kWh。フル充電での走行可能距離は534km(WLTCモード)というのがカタログの数字だ。アウディ ジャパンの人たちやモータージャーナリストの皆さんが試した実際のところでは、400kmは間違いなく走れる、という手ごたえだったそう。もちろんエアコンの使用状況などにもよるだろう。
EVは電気を使ってモーターで走る。強力なモーターを積んでしかるべき制御を加えれば、少しアクセルを踏んだだけでワープするようなクルマだって作れるはずだ。ところが、アウディのEVスポーツカーは、そんな風には仕上がっていなかった。
メーカーはEVをどんな風に作るのか。これまでクルマに乗ってきた人にも違和感を感じさせないクラシックな味わいに仕立てるのか、それとも、既存のクルマではたどり着けなかった未知の領域にEVで踏み込むのか。EVはどんな夢を見るのか……といった感じで、うまくSF小説のタイトルに絡めたまとめにしようと目論み、タイトルありきで書き始めてはみたものの、紙ドライバーの腕では無理だった。……それでは皆様、よいお年を!