日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考では最終候補の10台に残らなかったものの、2021年9月に発売となったホンダの新型「シビック」に対する称賛の声は本当によく聞く。クルマに詳しい人たちは口々に、「動的質感に感動した」とか、「さすがはエンジンのホンダだ」といったような評価を下している。ただし、彼らが話をしているのはほとんどの場合、マニュアルトランスミッション(MT)車についてだ。
更問(さらとい)をすれば、「もちろん、CVT(無段変速機)もよかったよ」との言葉を聞くことはできるのだが、これではいかにも、「MTの運転を楽しめるクルマ好きでなければ、シビック本来の価値はわかるまい」とでもいわれているような疎外感を、MTの操作方法を忘れてしまった紙ドライバーなどは感ぜざるを得ない。
シビックはMTを選ばなければだめなのか。CVTでは十分に楽しめないのか。乗り比べることができないので比較論には踏み込めないが、紙ドライバーがCVTのシビックを1晩借りて、黄金のドライブコースを走ってみた。
グレードは2種類、違いは?
シビックは初代が1972年にデビューした歴史あるクルマで、2021年9月に発売となった新型は11世代目となる。グランドコンセプトは「爽快シビック」だ。新型は累計で約4,500台が売れており、そのうちMTを選んだ人の割合は約3割とのこと。購入者の年齢層で最も多いのが20代(約24%)、次が50代(約22%)だというから、若年層をターゲットに据えたホンダの狙いは図に当たっているようだ。
ホンダに貸してもらったのは、「LX」グレードのシビックだった。シビックには「EX」と「LX」の2グレードがあり、LXはEXよりも安いが装備面に違いがある。販売の割合はEXが約8割、LXが約2割とのこと。
EX | LX | |
価格 | 353.98万円 | 319万円 |
シート | ブラック×レッド コンビシート(プライムスムース×ウルトラスエード) | ブラック コンビシート(プライムスムース×ファブリック) |
LEDフォグライト | あり | なし |
LEDアクティブコーナリングライト(曲がろうとする方向の内側の路面を照らす) | あり | なし |
運転席8ウェイ/助手席4ウェイパワーシート | あり | なし |
ワイヤレス充電器(Qi規格対応) | あり | なし |
デジタルグラフィックメーター | 10.2インチ | 7インチ |
BOSEプレミアムサウンドシステム | あり | なし |
18インチアルミホイール | ベルリナブラック+ダーク切削クリア | ベルリナブラック+切削クリア |
もちろん電動でシートの位置が調整できれば楽だし、細かく調整できるし、BOSEだったらラジオも音楽もより楽しめそうだし、LEDのランプ関連もあれば便利なのかもしれないが、1泊2日で乗った限りでいえば、これらの装備はなくても済む範囲かなと思った。それにしても、これはホンダに限った話ではないけれど、スマホのワイヤレス充電器の有無をグレードによって変える必要はあるのだろうか? そんなに高い設備でもなさそうだし、できれば全てのクルマに付けて欲しいのだが……。
性能についてグレード間の差はない、らしい。スペックを見るとエンジンは1.5LのVTECターボ、最高出力は182PS/6,000rpm、最大トルクは240Nm/1,700~4,500rpm、燃費(WLTCモード)は16.3km/Lで同じだ。むしろ重さはLXの方が10kg軽いから、単純に走らせる分にはLXに分があるのかも? ちなみに、MTとCVTだとMTの方が30kgも軽い。
これが爽快感? 「シビック」で峠を走った
乗ってみて、まず嬉しいのがシートヒーターが付いていること。雨模様の箱根は少し寒かったが、シートが暖かいのでエアコンはほぼ不要だった。それとブレーキの「オートホールド機能」。赤信号などでストップした際、停止状態を保持してくれる機能なのだが、停止中に右足を休ませられるので、あれば必ず使うほど気に入っている。
ナビは標準装備の「Honda CONNECTディスプレー+ETC2.0車載器〈ナビゲーション連動〉」を装着していたが、特に問題がなかった。車載通信モジュール搭載の「つながる」ナビなので、「Honda Total Care」(月額550円~、無料期間あり)に入っていれば地図は自動で更新してくれる。つながる機能が充実してきてクルマはますます便利になっているが、携帯やサブスクのように月々いくらかを支払う必要が出てくるのは当然の代償といったところだろうか。
肝心の走りに関する専門的見地からの感想は別記事に譲りたいが、運転しているときの目線の高さは低めで、疾走感みたいなものは強めに感じることができた。走り出してから50~60km/hくらいまでの加速が素早く、加減速の多い山道では思った通りに速度を調節できて楽しかった。ピタッと地面にくっつくような雰囲気で、ハンドル操作も思い通り。たぶん、箱根に乗っていったのは正解だった。ただ、高速道路で100km/hくらいまで出すと、それまでガチッとしていた乗り味が少し軽くなったような感覚があった。とはいえ、不安に感じたりするレベルでは全くない。
総じていえば大いに気に入ったのだが、具体的に何がどう気に入ったのかを口頭で説明するのは、けっこう難しい。ド派手な何かがあるわけではないけど、走っていて気分がいい。爽快か爽快じゃないかといえば、間違いなく爽快だ。MTじゃなければ楽しめないクルマでもないと思う。ちなみに、CVTのハンドルにはパドルシフトが付いているので、MTライクな運転を楽しむことも可能。とはいえ、MTの操作を忘れた紙ドラにしてみれば、どんなタイミングでギアを上げ下げすればいいかもよくわからないのだから、結局、ほとんど使わなかった。
それと、感心したのが「ACC」の精度。クルマを借りる際、ホンダの広報から「ACCがいいので試してみて」とアドバイスをもらったので実際に使ってみると、とても完成度が高かった。高速道路などを設定速度で走ってくれて、前にクルマがいたら追従してくれる(ほぼ)自動運転のような機能だが、起動するとすぐに車線を読み取ってくれるし、ハンドルの自動操作は自然で唐突な感じが全くない。
ACCを使っていると、ちょっと走っただけで「ハンドルを操作してください」といった感じの注意喚起が出てわずらわしくなり、結局「うるさいから自分で運転しよ」となってシステムをオフにしてしまうことがあるのだが、シビックのACCは、かなり長い距離を注意喚起なしで走ってくれた。ドライバーの注意が散漫になっている可能性もあるので注意喚起は大事なのだが、シビックが注意喚起を出す頻度(間隔)は丁度いい感じだった。
試乗の最後、ホンダにクルマを返す前に気づいて驚いたのだが、シビックはなんとハイオク仕様だった。前からそうだったらしく、私が知らなかっただけなのだが、立ち寄ったガソリンスタンドではハイオクがリッター194円(!)だったので、ちょっと度肝を抜かれた次第だ。
2022年には高性能バージョン「タイプR」とハイブリッド車「e:HEV」が追加となるシビック。タイプRは多分、紙ドライバーにはあまり関係のない車種だと思うが、ハイブリッドだと燃費が相当いいはずだから、燃料高騰のご時世にはありがたいことだ。ハイブリッドになると車両価格がいくらくらい高くなり、車体重量がどのくらい増えるのかにも興味はあるのだが、現時点でいえば、ガソリンエンジンのLXでも十分に満足できるクルマなのではないかと思う。