ホンダのSUV「CR-V」が日本市場で復活を果たしました。ただし、中身は燃料電池自動車(FCEV)です。水素で走るFCEVはなかなか普及していかない印象なのですが、今度の「CR-V e:FCEV」は誰向けのクルマなのでしょうか? 実際に乗って開発陣に話を聞いてきました。
どんなクルマ?
CR-V e:FCEVは「プラグイン機能」付きのFCEVです。基本は水素で発電した電気でモーターを回して走るので、乗った感じとしては電気自動車(EV)に似ています。水素満タンで約621kmを走行可能だそうです。燃料電池(FC)システムはホンダが米ゼネラルモーターズ(GM)と共同開発しました。
CR-V e:FCEVで特徴的なのは、最近増えつつあるプラグインハイブリッド車(PHEV)と同じく、外部から充電できる駆動用バッテリーを搭載していることです。こちらに充電しておけば、水素を使わずに、電池に貯めておいた電気だけでEV走行することが可能です。つまり、バッテリーを定期的に充電できる人であれば、普段の移動はバッテリーに貯めた電力で賄えるので、頻繁に水素ステーションに出かける必要がありません。水素でしか走れないFCEVはかなり敷居の高いクルマですが、プラグイン機能のおかげ敷居は確実に下がったといえるでしょう。
バッテリーはフル充電で約61kmを走行可能(WLTCモード)。水素も電気も満タンなら全部で700km近くを走れるクルマです。
乗った感じは上質なSUV
乗りこんで最初に感じたのは車内の広さでした。横方向の広さが印象的で、とてもゆったりとした雰囲気です。大きなSUVに乗っている感じがしっかりと感じられます。
試乗車には水素も充電も半分くらい入っていました。バッテリーに電気があれば、基本的には水素を使わずEV走行してくれます。走ってみると静かでスムーズで、乗り心地は快適そのもの。段差を乗り越える際は衝撃を滑らかにいなしてくれるので、乗り味は「上品」な感じです。開発陣によると、FCEVに必須の燃料電池(FC)スタックや水素タンクなどは重い部品なので、FCEVはどうしても重いクルマになってしまうのですが、その重さをいかして開発することで上質な乗り味のクルマに仕上げることができたといいます。
街中でよく使う速度域での動きは俊敏で、信号待ちからの加速や車線変更の際の加減速はとてもスムーズ。高速道路ではかなり強めの加速を試してみましたが、力自慢のEVとは違って加速はマイルドで、決して遅いわけではないのですがワープするような速さでもなく、極めて常識的な動きをしていました。
乗ると普通にいいクルマなので、ホンダの大きなSUVが欲しいと思っている人はCR-Vを検討してみる価値があると思います。日本で買えるホンダのSUVで最も大きなクルマはCR-Vということになります。ただ、CR-Vにはエンジン車、ハイブリッド車、PHEV、FCEVがありますが、日本で買えるのはFCEVのみです。
普通のFCEVよりは敷居が低そう
FCEVは誰にでもオススメできるクルマではありません。CR-V e:FCEVにはプラグイン機能が付いているので、普段の通勤や買い物くらいならEV走行だけでこなせる人が多いと思うのですが、遠出する際は水素の充填が必須となります。水素ステーションは日本に160カ所弱しかないので、住んでいる地域によってFCEVを便利に使えるかどうかは異なります。水素ステーションは営業時間が決まっていますから、遠出するにはいつ、どこで水素を入れるかをプランニングすることも必要になります。
ホンダはアメリカでもCR-V e:FCEVを売っています。水素ステーションが割と多いカリフォルニア州で販売しているそうです。そちらのユーザーに話を聞くと、「水素をどう使うか」の工夫を楽しんで乗っている人が多かったとのこと。水素でいかにうまく移動するかを計画したり、工夫したりすることを楽しめる人は、CR-V e:FCEVに適した人だと言えるでしょう。そうした工夫や計画が煩わしいと感じる人は、ハイブリッド車かPHEVを買うのが無難なので、CR-Vをあえて選ぶ理由はなさそうです。
ところで、水素の燃費(?)はどのくらいなのでしょうか? 今回は水素ステーションでの充填も試してみたのですが、そこでの価格は水素1kgが1,650円となっていて、1.83kg入って3,020円というお会計でした。ホンダの人に聞くと、ガソリン車でいうと「ハイオクくらい」のコストだそうです。もちろん、プラグイン機能を活用して電気で走っていれば電気代しかかからないので、普段の移動はもっと安く済ませられるはずです。
動く発電機としても使える?
CR-V e:FCEVをタイヤの付いた水素発電機だと考えれば、楽しみが広がるかもしれません。クルマを普通充電するための充電口にAC車外給電用コネクター「Honda Power Supply Connector」を取り付ければ、AC100V(1,500W)電力が取り出せるので、外出先でも電化製品が使えます。話を聞いたホンダの開発者は、ここに芝刈り機をつないで作業を行ったことがあるとのことでした。
電化製品を使っていてクルマのバッテリーの電気がなくなれば水素で発電が始まるわけですが、普通のハイブリッド車やPHEVと違ってエンジンが回るわけではないので、音もしないし排気ガスも出ないところが魅力です。
CR-V e:FCEVの荷室には、「CHAdeMO」方式のDC給電コネクター(大容量の給電ができる機構)が付いています。ここに可搬型外部給電機を接続すると、最大で一般家庭の約4日分の電力を供給することが可能だといいます。災害時にはかなり役に立ちそうな機能です。外部給電機までそろえるのは一般ユーザーには敷居が高いと思いますが、自治体や企業がこういうクルマを外部給電機込みで所有する意義は大きいと思います。
CR-V e:FCEVが向いている人は
というわけで、CR-V e:FCEVがどんな人に向いているクルマかをまとめると、
ホンダの大きなSUVが欲しい人
家庭か職場で定期的にクルマを普通充電できる人(これはPHEVも同じです)
水素ステーションがお住まいか職場の近くにあって、必要な際には水素の充填に行ける人(ここが最大のネックになりそうです)
バッテリーに貯めた電力と水素を使ってうまく移動すること、その方法を工夫することをいとわず、むしろ楽しめるという人
水素で作った電気を生活や趣味の中でうまく使っていきたいという人
こんな感じかと思います。このクルマをうまく、便利に、楽しく使える人は確実にいると思うのですが、誰もがそうではないこともまた確かです。プラグイン機能の追加で普通のFCEVよりも乗りやすいクルマにはなっていますが、とはいえ乗る人を選ぶクルマであることは間違いありません。
ホンダは2024年7月に日本でCR-V e:FCEVを発売しました。販売方法はリースのみ。初年度(2025年3月末まで)で70台の受注を計画しているそうです。今のところ60台が契約済みで、売れ行きとしては計画通りとのこと。購入者は法人・自治体と個人が半々くらいとの話でした。
車両の価格は809.49万円ですが、EVよりもかなり多い255万円の補助金がゲットできるそうですから、実質的には500万円台で買えるクルマだと考えることができます。
ホンダは1990年代からFCEVを作り続けてきましたが、今回のCR-V e:FCEVではFCEVをどれだけ安く作れるかにもこだわったとか。既存の車種であるCR-Vを使ったのも、専用の車体を作らず、部品なども流用しつつクルマを開発するための選択だったそうです。FCスタック自体も、触媒として使うプラチナの量を減らすなどしてコストを従来比1/3まで圧縮したといいます。