軽自動車のバンは、私たちの日常生活に不可欠な存在です。最近は特に、ネットでの買い物も増えているので、小口配送で軽商用バンが大活躍していますよね。この分野で電気自動車(EV)といえば三菱自動車工業の「ミニキャブEV」くらいしかなかったのですが、そこに登場したのがホンダの新型車「N-VAN e:」です。どんなクルマなのか、実際に乗ってきました。
目ざしたのは働く人が疲れないクルマ?
N-VAN e:はホンダの軽商用車「N-VAN」(ガソリンエンジン車)のEVバージョンです。開発チームでパワートレインを担当した技術者に聞くと、「基本的にはガソリン車と同じ骨格にして、エンジンをEV用のシステムに乗せ換えた」クルマということで、コンセプトとしてはホンダの軽自動車群「Nシリーズ」を踏襲しているそうです。なので、「普段使いでN-BOXやN-WGNに乗っている人がN-VAN e:に乗り換えても、何も違和感がないはずですし、むしろ(EV化による)上質な加速感などを感じてもらえるはずです」とのこと。目指したのは「一日、仕事で乗っても疲れないクルマ」だそうです。
試乗ではみなとみらい周辺を出発して本牧方面に向かい、山手あたりも運転してみました。このあたりは坂道や狭い路地が多くて、ペーパードライバーにとっては運転するのが大変な場所です。
「軽商用車のEV化」の恩恵を最も強く感じたのは、坂道を登った時です。普通の軽自動車であればアクセルを強く踏み込まなければ登っていけないような坂道も、EVなら楽々なんですね。エンジンが載っていないのでストレスフルな「うなり声」も聞こえてきません。
EVといえば車種によっては爆発的な加速力を売りにしていますが、N-VAN e:も勢いよくアクセルペダルを踏み込めばかなり速いです。ただ、配送業で使うにしろ乗用車として乗るにしろ、そんな加速が必要になる場面はほぼないと思います。普通通りにペダルを操作すれば加速はマイルドで、加速に強弱をつけるペダル操作も簡単でした。シフトを「D」から「B」に変えると、アクセルを離した時の減速(回生ブレーキと呼ばれます)がさらに効くようになり、運転が楽になります。ブレーキとアクセルを頻繁に踏みかえる必要がなくなるからです。
重い部品であるバッテリーを床下に敷き詰めているおかげなのか、N-VAN e:の乗り味はしっとりとして落ち着いた感じがします。ピョコピョコしないという印象です。振動も、エンジンで走るクルマに比べると格段に少ない気がしました。
配送業などで長く乗るとなると、ちょっとした音や振動も積もり積もって疲労の原因になるはず。その点、EVは静かで振動が少ないうえ走りも軽快なので、はたらくクルマとして理想的なのかもしれません。
趣味でクルマを使う人にも好評?
ホンダ 商品ブランド部 商品企画課の祝迫蒼悟さんによれば、N-VAN e:は「個人(事業主を含む)も法人も、想定を超える受注をいただいており好調です」とのこと。
N-VANにはもともと、会社ではなくて個人としてクルマを使う人に向けた「FUN」というグレードがあり、ソロキャンパーなど趣味ユースで使う人や日常の足として使う人にもけっこう売れているそうです。N-VAN e:でも「e: FUN」グレードが選べます。
N-VAN e:は発売になったばかりのクルマ。会社で購入する場合は稟議に時間がかかるので、まずは意思決定がしやすい(?)個人のお客さんからの注文が伸びているのかもしれません。今頃、○○運輸や□□トランスポーテーションの購買部の課長さんあたりがN-VAN e:購入に関する書類に印鑑をついているのではないでしょうか。
普及のカギは?
今のところ、軽商用EVの市場は三菱自動車の寡占状態です。よく見かけるのが郵便局の赤いEV。あれ、ほとんどが三菱製ですよね。
ただ、これからは、軽商用EVの調達でホンダと三菱自動車が争う形になりそうです。スズキ、ダイハツ工業、トヨタ自動車の3社も協力して軽商用EVを開発していますから、そのうち三つ巴の様相を呈するようになるでしょう。この分野には海外からの参入もあるので、もっと壮大な受注競争になるかもしれません。切磋琢磨が進むのは、配送業に従事する人にとっても荷物を届けてもらう私たちにとってもいいことですよね。
企業がクルマを発注する場合は「仕様と値段」で選ぶケースが多いと聞きますが、ホンダとしてはN-VAN e:の出来栄えにかなりの手ごたえを感じているようで、「現場の方に乗っていただくと、これがいいねと言っていただけます」(祝迫さん)とのことでした。企業ではクルマを買う人(決裁者)とクルマに乗る人(現場)が往々にして違うわけですが、決裁者が「仕様と値段」以外の部分をどれだけ重視してくれるかがN-VAN e:普及のカギになりそうです。
もし配送業で働くとしたら、「どんなクルマに乗ることになるのか」で就職先を最終決定したくなるかもしれません。N-VAN e:は、そんな場合にも選びたくなるクルマでした。