「VERY」12月号

「女の敵は女」論争

この連載を書くために、書店ではいつも気になる見出しを探していますが、今月は「VERY」12月号の「『女の敵は女』論争を超えて」の見出しを見て、これで行こうと即決してしまいました。

この「女の敵は女」論争というのは、「週刊現代」の8月31日号での曽野綾子氏の「何でも会社のせいにする甘ったれた女子社員たちへ」という寄稿文、9月7日号の「『出産したら会社を辞めなさい』私はこう思う」のことを指しているようです。

この論争、読み返してみると、曽野綾子氏を代表する、女性に「甘ったれるな」という意見の金美齢氏や西舘好子氏のチームと、反対派の宋美玄氏、上野千鶴子氏のチームとで対照的な意見を掲載。そして、最後になぜか映画監督の大林宣彦氏が出てきて、ケンカ両成敗という形で締めくくっています。

個人的には、曽野氏の意見に賛成派、反対派までを出すまでは、比較的落ち着いて両意見に耳を傾けていたのですが、最後に男性によって「まあまあ」という形におさめられたのが、なんとも男性週刊誌的な結末のもっていき方だなという感想を持ちました。

女性誌で語られる"女同士"

では、女性誌のこうした論争はどうなっているのでしょう。

前出の「VERY」はというと、この論争を受けて、女VS女の対立をうながそうというものでもちろんなくて、酒井順子氏や前出の上野千鶴子氏など、VERYよりも上の世代の意見が掲載されています。

例えば上野氏は、女が不満や不安を抱く原因は、女同士の中にあるのではなく、実はしくみの中にあると説き、また酒井順子氏は、女の友情はライフコースによって壁ができたように思えても、5年10年でまた再結集することもあると語っています。もちろん、最後に男性の識者が出てきて両成敗することもなし。女同士が対立する現実はあるけれど、お互いの立場の違いを理解しようという前向きになれる企画でした。

奇しくも、AneCanの12月号にも、「同じようなテーマのページがありました。こちらは作家・コラムニストのLily氏が同誌で連載していた小説「ブラックムスク」が単行本として発売されたため、その本の帯にコメントを寄せた蜷川実花氏とLily氏の「女の自意識対談」が掲載されています。

この「ブラックムスク」は、読モ、ブロガー、専業主婦、エッセイスト、美容師などの女性たちの自意識と同性への視線を描いたもの。そのため、おのずとふたりの会話も女の敵対心にシフトしていきます。

そこでLily氏が語ったのは、「働く母VS専業主婦、既婚VS未婚など、社会圧によって女VS女の図式にされることはとても多いけれど、私たち女は、どんなに立場が違っても"同士"だと思う」ということ。「女の感じる"生きづらさ"は、今でも残る、女性にアンフェアな日本社会の問題が深くかかわっている」という発言は、VERYで見た上野千鶴子氏の意見とのシンクロ率ほぼ100%です。

フェミニストと自称している人でなくとも、女の世界を注意深く見た人の意見は同じところに行きつくというのがなんとも興味深いです。

"女VS女"が描かれる理由

しかし、なぜこうした記事が続々と組まれるのでしょうか。それは、上野氏やLily氏が言うように女性同士の対立が収拾つかないほど、社会システムの不具合が出てきてしまったこともあるでしょうし、同時に、女同士の争いはコンテンツとしても人々の関心を引くということもあるでしょう。本音が見えるということもあるし、その状況をどうにかしたいという人も読むでしょう。

ただ、最後の最後に男性が達観した様子で出てきて、「まあまあ、そう感情的になりなさんな」みたいな構図が女性誌にはないことに心底ほっとしました。もしも、職場で女性が立場の違いから対立していたとき、あなたが男性なら、「まあまあ」なんて中途半端に介入しないほうがよさそうです。いや、今や女性のケンカを両成敗したい人のほうが少ないのかもしれませんね。

<著者プロフィール>
西森路代
ライター。地方のOLを経て上京。派遣社員、編集プロダクション勤務を経てフリーに。香港、台湾、韓国、日本などアジアのエンターテイメントと、女性の生き方について執筆中。現在、TBS RADIO「文化系トーラジオLIFE」にも出演中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)などがある。