「CLASSY.」2015年4月号

甘さやコンサバファッションが減ってきた女性誌

「VERY」や「JJ」などに代表される光文社の雑誌というのは、華やかめのコンサバファッションが主流で、女らしいスタイルが多かったと思います。同時に、恋愛や結婚につながる読み物も数多くありました。

ところが、最近の光文社の雑誌は変わりつつあり、ファッションもカジュアルになり、甘さもほとんどなくなりつつあります。甘さを少なくしていく初期は、40代の「STORY」や50代の「HERS」は試行錯誤していました。どんなにカジュアルでシンプルなファッションが流行っても、甘さやコンサバを捨てきれないことに頭を悩ませていたようです。でも最近は、そんな悩みもどんどん薄れていっているようです。

30代の勝ち組主婦向けの「VERY」は、ファッションがカジュアル化しただけでなく、ここ数年は読み物ページで社会的な話題を取り上げることが当たり前になり、読者のワーママ(ワーキングマザー)率も半分を超え、昔の専業主婦が読む雑誌というイメージもすっかりなくなりました。また、以前は、「イイ男はたいがい、人のもの」などという挑発的なコピーも目立ち(このいい男は私のものです、という意味が込められています)、女同士のマウンティング的な要素も見られましたが、それもこれからは薄まっていくのではないかと思われます。

CLASSY.の特集「女の高学歴って損ですか?」

そして20代向けの「CLASSY.」の最新号には、「女の高学歴って損ですか?」という特集が組まれていました。これまで女子はかわいくてあざとくて彼氏にとって自慢の彼女になれればいいという考え方だった女性誌で、このような特集が組まれるというのは、かなりの驚きでした(実際、「CLASSY.」の2011年10月号には「もっとあざとく! 『すっぴんメーク』で自慢の彼女♡」という記事がありました)。

今までの女性誌というのは、いかに男性に合わせるか、気に入られるかという視点でできているものが多かったと思います。そのために、ちょっとくらいあざとくたって計算したって女子に嫌われたって構わないという覚悟も感じられました。以前は「ズルかわいい」なんて言葉が使われている雑誌もありました。

でも、それもこれも「結婚」という女の幸せこそが信じられ、そこにたどり着くためには仕方のないことだったのでしょう。「CLASSY.」も数年前までは、「守ってあげたい! と思わせる優しげニット図鑑」「恋から愛に変わる! 冬の本命彼女スタイルBOOK」「今年こそ『真実の結婚力』を身に着ける!」などと、本命になることや結婚することに力が注がれていましたが、それは女性誌にとって特別なことではありませんでした。

「キラキラ巻き髪量産型女子」思想が主流ではなくなってきた

ところが、結婚に対して鼻息が荒いと引かれるという時代になってきたことに気付いたのか、それとも、そういうのはもういいやと思ったのかはわかりませんが、最近の「CLASSY.」では今までのように露骨に女子力を盲信したモテや結婚の特集は少なくなってきています。

この変化はまるで現在放送中のドラマ『問題のあるレストラン』に出てくる「キラキラ巻き髪量産型女子」の川奈さんというキャラクターを思い出させます。だいたい、川奈さんのセリフに出てくる「女は、つきあってる彼氏さんの職業ニアリーイコールなの」「女の価値は人生いくらおごってもらったかで決まるから」「野球選手と結婚した女子アナ以外は全員負けです」などというものは、女性誌に貫かれていた思想だったはず。

でも、そんな川奈さんのような女の子が、その目的のために徹底的に周囲に合わせて嫌なことにもニコニコしていて何かいいことがあったかというと、そうでもなかったのではないでしょうか。そこで、ドラマの中で川奈さんは、嫌なことがあってもニコニコしているのも会社も辞めて、真木よう子さん演じるヒロインの田中たま子が経営するレストランに転職し、社会に過剰適応することを捨てました。

最近ではほとんど「愛され」という単語が少なくなり、反対に「カッコいい」が増えてきた「CLASSY.」にも同じように過剰適応をやめた空気を感じます。そんなタイミングで「CLASSY.」に出てきた「高学歴女子」ですが、こんなテーマは「キラキラ巻き髪量産型女子」が主流であり、彼女たちこそが人もうらやむ結婚ができ、それが女の幸せ一択だと思われていた時代には選ばれなかったでしょう。

「同質性」が人とつき合うときの基準に

そして、「高学歴女子」のようなテーマが選ばれる理由は別にもうひとつあるような気がします。それは、最近の傾向として、昔よりもファッション、考え方、コミュニティなどの同質性が男女問わず人とつき合うときの基準になっているのではないかということです。

同じグループ内に違う雰囲気の子は存在にしくいし、だからこそ「量産型」の女子が増えていると言えるでしょう。文化系は文化系とつき合うし、マイルドヤンキーはマイルドヤンキーとつき合う。別のコミュニティ間での交流もなかなか少ない。そんな時代に女性が別の(上位の)コミュニティに所属する男性に「愛され」ようとして「過剰適応」したとしても、「同質性」の壁を越えることは難しいのかもしれません。

となると、学歴が高い女性も、同質性のある男性とつき合うという意味では、さして損ではないのではないか、という予感がこの企画にはあるということでしょう。実際、この記事の中の高学歴男性の座談会でも、「東大は圧倒的に男子が多いので、女子が謎にモテるんですよ。他大だったらモテないようなコでも、ものすごく男子が群がる」「合コンでワセジョや慶応出身の人に会うと、親近感があって話しやすいですね」「同じような環境で生きてきた『高学歴女子』は、むしろ話しやすいです」というエピソードが多く、損なところが感じられません(もちろん、この男性たちが企画の空気を読んだということもあるかもしれませんが)。むしろ損になる原因は「プライドの高さ、コミュ力の低さなどにあるのかも?」と誌面にも書かれているのです。

このように記事を見ている限りでは、世間で思っているよりも高学歴がもたらす同質性というのは、女性にとって損には働いていないことがわかります。でもそれは言い換えると階層化が進みつつあること、階層間の移動が難しいことの表れでもあるのではないかと思うのです。

<著者プロフィール>
西森路代
ライター。地方のOLを経て上京。派遣社員、編集プロダクション勤務を経てフリーに。香港、台湾、韓国、日本などアジアのエンターテイメントと、女性の生き方について執筆中。現在、TBS RADIO「文化系トーラジオLIFE」にも出演中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)などがある。