私が学生時は学校行事中に撮影された写真が後日貼りだされ、そこから欲しい物を選んで購入するというシステムがあった。

私はそれらの写真に写っている率が異常に低く、高校の時にはついに「頭頂部」のみが映っている写真が1枚発見されるだけとなった。

これは校内カメラマンが思わずシャッターを切りたくなるエモいシーンに全く参加できていなかったという証拠なのだが、自分がエモくなかったのは重々承知であり、もしろ人様の青春の1ページに悪霊のように映り込んでなくて良かったと思う。

それよりも、親の方が行事写真に我が子の姿がなく、写っているとしても常にソロで、体育祭なのに背景が図書室という「我が子の周囲に受け入れられてないぶり」を目の当たりにする方がキツイとも聞く。

■ジミヘンに燃やされたりプレス機に潰されたりするギターさん

他人がなんと言おうと自分だけは理解し、愛し続けるという気持ちはあっても、自分の大事なものが他者にぞんざいにされているのを見るのはショックなものである。

漫画家も本が売れないと、単純に打ち切られて経済的に困るというのもあるが、自分が時間と労力をかけ、面白いと思って出したものが、他人から見向きもされていないという事実をつきつけられる意味でも辛いのである。

しかし、買わない読者が悪いわけではないように、子供が自然現象で友達ができないのも周囲が悪いわけではない。相手にだって友達を選ぶ権利はある。

しかし故意に仲間外れにされていたり、いじめられているとなったら話は別である。

クリエイターも自分の創作物が世間にジャッジされ、選ばれないとしたら仕方がないし受け入れなくてはいけないが、根本的に「ふみにじられている」となったら怒りと不快感を隠すことはできないのだ。

そんな他者が創り出したものや愛するものを物理的にふみにじったとして大きな批判を集めたのが「Apple」である。

Appleが新型「iPad Pro」「iPad Air」の発表のために制作したCMの内容が一部の層から大きな反感を買い、後に謝罪、CMのテレビ放映を中止するまでになったそうだ。

そのCM内容とはレコードプレーヤー、トランペット、スピーカー、ピアノ、ギターやメトロノーム、絵の具の缶を巨大プレス機が「押しつぶし」、そこからiPad Proが現れるというものである。

<動画>これがそのCM。その名も「Crush!」

おそらく、これらのツールで創り出してきたものは全てiPadで作れる、というような意図なのだと思う。

しかし、これらのアナログツールで作品を創っているクリエイターはまだたくさんいるし、それらの作品を愛している人も多い。

そういう人たちにとって、それらのツールが破壊されるのは、自分が作った作品や好きなものを目の前で破壊されるぐらいの衝撃であり、怒りが湧くのは想像に難くない。

■その昔も、MacくんとパソコンくんというCMがありました

Appleは元々自社製品に絶大なる自信をもった企業である。

それはいい、むしろ自信がないものを売るというのは「なんの取り柄もないし君を幸せにできる気が1ミリもない僕だけど結婚してください」と言うぐらい客を舐めている。

しかし「Apple製品が世界一」だけでなく「それ以外はクソ」という態度が気に入らないから、どんなにApple製品が優秀でも使わない、という人もいる。

今回は、その態度がにじみ出るを越えて溢れ出すぎてしまっており、むしろ新製品ではなく、Appleの思想を宣伝しているかのようである。だとしたら「ケーブルだらけの生活とはおさらば」に続いて、AppleのCMは秀逸と認めざるを得ない。

「海原さんのに比べたら山岡さんの鮎はカスや」のように、何かをアゲるために何かをサゲる手法は嫌われやすい。

iPad Proを使えば従来の他のツールより優れた作品を作れると自負するのは良いが、それらのツールに破壊という攻撃を仕掛ける必要はなかったように思える。

その他のツールやそれを使っている人へのリスペクトのなさや、iPadさえあれば他はいらないという支配的で多様性を否定する姿勢など、批判点は様々あるが、単純に「破壊」という行為に嫌悪感を抱いた人もいるのかもしれない。

AppleがこのようなCMを作ったのは、巨大プレス機でろうそくを押しつぶす動画が300万再生を越えるなど、TikTokで日用品を押しつぶす動画が受けているのが背景にあるのではという指摘もある。

確かに、高いところからでかい物を落としてみたり、強力ミキサーであらゆる物を粉砕してみたり、圧倒的パワーによるデストロイ映像というのはある種の爽快感があり、「思いついてもやらねえしできねえ」ということを本当にやってくれるという意味で人気があるのもわかる。

  • なお、この連載の担当編集者は人生で2回バイクを盗まれているので、15の夜を聴くと心拍数が上がる

    なお、この連載の担当編集者は人生で2回バイクを盗まれているので、15の夜を聴くと心拍数が上がる

しかし15の夜を聞いた時、少年の方ではなく「バイクを盗まれた人」もしくは「割られた校舎の窓」に感情移入してしまう人間が一定数いるのだ。

破壊動画も「破壊された物がかわいそう」や、「そのろうそくは俺の母ちゃんが工場の夜勤で作ったやつだ」などの批判は必ず出ているはずである。

それらの批判が起こる予想せず安易にブームにのったCMを作ったのだとしたら、やはり甘かったと言えるだろう。

■※この後、スタッフがおいしく頂きました

また、食べ物で遊ぶ動画が炎上しやすいように、せっかく作られた物が用途通りに使われることなく粗末にされるのを嫌う人もいる。

レコードもトランペットもプレス機に押しつぶされるために作られたわけではない。むしろプレスされるために生まれてきた物の方が少数派だろう。

私も自分の本が出るたびに「買って燃やしてまた買え」と言っているが、本当に目の前で自分の本を燃やされたら普通に泣く自信がある。

しかし自分でそれを言ってしまっている以上、その行為を怒ることはできない。

ただし、燃やした後に「また買う」まで完遂しない人間は巨大プレス機で押しつぶしてやろうと思う。