私も齢40を迎え、平素はいかにも諦観、そして達観した風なことを言っているが、実は全然生まれ変わり願望が捨てきれていない。

それも今すぐトラックに轢かれて異世界に行こうとするような潔いものでもなく、現世でも何かをきっかけに生まれ変われるのではないかという幻想が未だ捨てられないのだ。

成功している人は努力を積み重ねているし、自分はそれをしていないからこの有様だということはよくわかっている。

しかし「人間はいつからでもやり直せる」と、ネットワークビジネスや自己啓発セミナー、聞いたことがない宗教の人もドトールの角席で良く言っているので、これも間違いではないだろう。

だが「やり直す」と聞いて我々が想像するのは「一から努力する」ではなく「とりあえずゼロに戻す」なのである。

そんな人間には「リセット癖」がある。 進級や進学、就職など、新天地に行くたびに今までのアイデンティティや人間関係をリセットして、新しくやり直そうとするのである。

本人的には今までの自分をなかったことにして強くてニューゲーム気分なのだが、実際はリセットを繰り返すほど焼き払った大地に何も生えない、ただの焼畑になる率が上がる。

こういうタイプが好きなリセットは立場や人間関係だけではない。

「断捨離」も好きであり、模様替えといったらマイナーチェンジではなく、一度いらない何も捨ててしまおうになりがちなのだ。

そして部屋が完成する前に次のリセット欲が来るか、捨てることにさえ途中で飽きるため、インテリアという名のマイソウルは彷徨ったまま、妙に暮らしづらい部屋で永遠にメガネケースと自分を探す人生になったりする。

健康面においても「デトックス」や「腸内洗浄」のように「一旦悪いものを全部出す系」が好きである。

本当に悪いものが全部なくなるならその時点で消滅していないとおかしいし、仮にリセットできたとしてもその上で健康に良いことを積み重ねなければ無意味である。

しかし健康というのは「気分」が大きく作用し心が病めば体も病みがちだ、医学的に全く効果がなくても、それで本人が心機一転してやる気を取り戻せるなら、それはそれで効果があったと言ってもいい。

よって個人的に健康法にとって「効果がない」というのは、そこまで重要ではないと考えている。

だが、効果がない上に、健康を害する可能性がある健康法が流布されてしまうのは問題である。さらに、効果ではなく害の方に医学的根拠があるケースすらある。

みんな大好き「肛門日光浴」も専門家からすれば「丁寧な言葉で説明するならばクソです」みたいな話らしいが、それは専門家でなくても見れば大体わかることだ。

素手で混ぜたジュースが「発酵」?テレビの特集で炎上へ

  • 「良い菌」の存在を信じる一方、「悪い菌」は完全スルーになっている矛盾はどう解決しているのでしょうか

先日、伊豆の某ホテルが行っている「手の常駐菌で作った発酵ドリンクでデトックス体験」の模様がテレビで放送され、それに対し専門家がネットで食中毒の危険性を指摘、騒ぎとなりホテル側が謝罪、保健所が立ち入り調査を行うという事案が起こったようだ。

この話を初めて聞いた時は、客がデトックスで出した自らの菌を使って発酵ドリンクを作って飲む、という話かと思った。

デトックスだけでなく、出した毒を再利用するエコであり、SDGsだ。

この時点で意識高い系はテンションが上がりすぎて失神するので、やはり健康に害といえる。

しかし、実際はホテル側が作った発酵ドリンクを客が飲んでデトックスをするというプランである。

そして勘のいいガキの皆様は「発酵」「酵素」と聞いた時点で、ショウ・タッカーが手を下すまでもなく下痢嘔吐で退場してしまっていると思う。

これらのワードは「腐敗」と紙一重であり、菌は菌でも悪い菌が増殖してしまっている場合もある。

この発酵ドリンクの作り方だが、元となるみかんジュースを従業員が「手ごね」することにより、手の常駐菌により発酵され発酵ドリンクになる、という理屈のようだ。

専門家によると手の常駐菌といえば「黄色ブドウ球菌」であり、これは食中毒の原因にもなるもので、デトックスどころか逆に毒を摂取することになりかねないそうだ。

必ずしも健康を害すとは言えないが、家庭で真似をしないようにと注意喚起をしている。

だが理屈以前に、ジュースに素手を突っ込んでいる映像自体がかなりのショッキングさである。

しかし、テレビで放送され、俺たちTwitter野郎に発見されるまでこの発酵ドリンクは受け入れられていたということであり、むしろ好評だったからこそテレビが来たのだろう。

素手を突っ込んだ飲み物を「健康に良い」と思えるなら、あれほど「手洗いうがい」という呪文を唱え、ノーマスクを狩り、他県ナンバーをストIIボーナスステージのようにスクラップにしていたコロナ期はなんだったのか。

冷静に考えれば、健康に害がなかったとしても嫌悪感を覚えてもおかしくない製造法と映像だったのだが、逆に言えばそれほどまでに「健康」「発酵」「ナチュラル」「デトックス」という言葉は我々の冷静さを欠かせがちということである。

そして、このような自然派健康法は、手軽に真似できてしまうことがあるため、健康に害が出る可能性があるものが広まると大変なのである。

「デトックス」や「リセット」という文言に惹かれる気持ちはよくわかるし、実際効果があるものもあるかもしれない。

しかし、リセットしたくなるということは、人生を粗忽に生きがちということであり、そんな雑な人間が手作り酵素液なる紙一重なものを手作りできるとは思わない方が良いだろう。

だが、その方が、真の意味で人生を「リセット」することはできるかもしれない。