「君は何と事故った?拙者はるろ剣」
この質問にどの作品(大体ジャンプ漫画)を挙げるかでおおよそ年代がわかるのだが、姉、もしくは母が買っていたものを読んだというケースもある。
よって、「幽白ということは自分よりちょい上だな」と踏んで、ネット上でパイセンとして接していた相手が二十歳前後と判明し、二度死ぬ場合もあるので、油断がならない。
新年早々、まったく意味の分からないことを申し上げて恐縮だが、冒頭の「事故」というのは、「ボーイズラブ(BL)」というジャンルがこの世にあることすら知らないままに、偶然BL作品に触れてしまい、その存在を知るという衝撃的出会いのことである。
その事故のことを「不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまった……」と振り返る人もいる一方、それがきっかけで「目覚めた」という人も少なくない。
ネット普及以前、書店での「出会い」
今の若人はどうか知らないが、青少年時代にまだネットが普及していなかった我々の世代は、「母親がゴリゴリの腐女子」という「もはや時間の問題」なサラブレットを除くと、「本屋で見かけた、人気作品(主にジャンプ)の『アンソロジーコミック』を手に取って、良くも悪くもダンスっちまう」ケースが多かった。
「アンソロジーコミック」とは、特定のテーマ縛りで複数の作家が作品を寄稿し、それをまとめた本のことである。二次創作の漫画を集めたものを指すことが多い。今の流行りで言えば、鬼滅の刃をテーマにした漫画を複数の作家が描き、それを「鬼滅の刃コミックアンソロジー」として発売する、といった感じだ。
作者以外が描いた鬼滅漫画を見て面白いのか?と思うかもしれないが、「この作家がこのキャラを描いたらこうなるのか」というのが見られて割と面白かったりする。
しかし、アンソロジーコミックには、元ネタ作品の権利元、いわゆる「公式」から許可を得て、内容に監修が入っているものもあれば、おそらく非公式で、内容についても公式は一切関わっていなさそうなものもある。
公式のアンソロは、悪く言えば無難な内容になりがちだ。逆に、チェックが入るため、原作の設定を大きく逸脱したものは少ない。
そう言いたいところだが、公式が監修しているはずなのに一人称の「俺」のキャラが「やつがれ」になっていたり、「さん」づけのキャラが呼び捨てにされていて「さんをつけろよデコスケ野郎!」と読者が金田になってしまったりと、変なところで詰めが甘いものも散見され、「エアプ作家に描かせてんじゃねえよ」と、下手な非公式作品よりも炎上してしまいがちだったりもする。
対して、非公式と思われるアンソロは「同人作品を集めたもの」が多く、同人であるが故にBLやR指定作品も入っている。というか9割それで、その箸休めにギャグ作家が1人ぶち込まれているという構成が多い。
場数を踏めば、出版社の名前を聞いた時点で「これはBL系同人アンソロだな」とわかるのだが、本屋で原作と近い棚に置いてあることもままあり、「何か表紙の絵がちょっと違うけど、俺の好きな漫画の本がある」と、何も知らない青少年が手に取って事故ってしまうことが多かったのだ。
その経験が「トラックに轢かれたら異世界に転生していた」レベルのターニングポイントになる人もいるとは思うが、やはり性的なものは子どもの目に触れないようゾーニングが重要である。
お互いを見て見ぬふりでやってきた「公式」と「二次創作」
ここまで語ってきた「本屋で売られている商業アンソロジー」以外にも、個人で二次創作の本を作り、同人誌即売会やネットで販売している者は大勢いる。そもそも、自分の物ではないキャラクターを使用した作品を制作し、販売することは許されるのだろうか。
「許されるのか?」と聞かれたら、公式は著作権的に「許さーん!!」と答えるしかないというのが現状である。
しかし、二次創作をする人というのは「それで儲けてやろう」という人間よりも、「何故か原作から俺の推しカプの結婚式シーンが落丁してしまっているので、俺が描くしかないのだ、それが俺の補完計画なんや」という、原作やキャラに対する純粋な愛で動いている人の方が多い。
つまり、二次創作を禁止すると、ファンの愛に水を差すことになってしまう。そのため公式も「見て見ぬふり」をしているところが多く、二次創作の作家はそのお目こぼしの中で活動しているという状態だった。
また、公式としても「ファンアートの宣伝効果」というのは無視できない状況になってきている。ツイッターには連日、万単位でRTされたファンアート作品が流れており、自分の好きな神絵師がファンアートを描いていたことをきっかけとして、原作に興味を持った人も少なくないだろう。
このように、公式とファンアートの関係が切っても切れなくなっている上、著作権に対する意識も高まってきている今、いつまでも「私がひらりひらりと舞い踊るアゲハ蝶に気をとられて気づかないふりをしている間に、あなたはドスケベな漫画を描いて売ってください」という、暗黙の了解だけでやっていくのは難しくなりつつある。
だからといって、それを使って商売している以上、「宣伝になるから作中の素材はいくらでも使っていいし、ヒロインにどれだけ白目をむかせて良い」と言うわけにはいかない。
こうした背景から、ドラッグ大国が、全部取り締まっていたら手に負えないから、大麻ぐらいは合法にしてガス抜きさせようとしているように、最初から「二次創作についてのガイドライン」を発表し、「ある程度の二次創作の発表、販売は認める」と公言する公式も増えてきている。拙僧がたびたびガチャを回している「FGO」こと「Fate/GrandOrder」も、かなりあっさりした内容だが、やめてほしいことを列挙したガイドラインを出している。
令和の世に「エヴァ」の創作ガイドラインが爆誕
先日、新作の公開が迫る「エヴァンゲリオン」の権利元であるカラーも、「ファン創作物の公開に関するガイドライン」を発表して話題になっていた。
いつもの「一部だけが切り取られ拡散炎上」というツイッターの様式美は起こったようだが、原文と発表後に出された補足を見た限りでは、二次創作を規制することが目的ではなく、ファン同士の争いや裁判を起こさず、安心して二次創作を楽しんでもらうためのガイドラインのように思えた。また、今回の発表内容はWebなどで無料の作品を公開するときのガイドラインであって、同人誌やグッズなどお金がからむものについては別に発表されるようだ。
しかし「ファンアート」は文字通り「アート」なため、厳密に線引きするのは不可能なところがある。
「過度に暴力的でグロテスクなものはダメ」と言われてもエヴァは割と原作がアレだし、「大腸までは出てもいいが小腸はダメ」など部位で指定していたらキリがない。
また「ポルノ表現そのものを目的としたものはダメ」と言っても、「確かに俺の描いた本は99%エロだが、俺が表現したかったのは1コマ目の「ここがセクロスランドか…」の部分だけだ」と主張されたら厳しいところがある。
とはいえ、権利的にグレーな中でこそこそ自己判断してきた二次創作者にとって、公式様に「ここまでは許す」と、ざっくりでも言ってもらえるのはありがたいことである。
せっかく許していただけたなら、「局部修正の焼きのりは4枚載せておけば大丈夫だろう」など、ガイドラインから逸脱しない範囲を察して、自分のための補完計画をやっていくのがいいだろう。