2月28日(日本時間では1日11時)に実施されたトランプ米大統領の議会演説は、金融市場に好感される内容だった。NYダウが1日に最高値を更新し、日経平均も2日に一時、年初来高値を更新した。

演説内容に新味はなかった。これまで繰り返した政策方針を述べたにすぎない。相変わらず、「米国第一」で、保護主義・排外主義の内容を含んでいた。

ただし、1月21日の就任演説と比べると、言葉の使い方や演出が巧みで、「米国民の団結」「米国精神の復活」「(米国内の)弱者への思いやり」「夢や希望」を感じさせる演説となっていた。米国民の多くが「大統領らしい」と感じる内容に仕上がっていた。

市場は演説を好感した形となった。市場が一番好感したのは、「議会の熱気」だったと考えられる。共和党議員を中心に、演説の間、何度も何度も「スタンディング・オベーション(立ち上がっての拍手喝采)」が行われた。

トランプ大統領の考えは、伝統的な共和党の考えから外れるものばかりで、これまで常に共和党主流派から孤立する懸念がつきまとっていた。そうなると、議会の協力を得られず、大統領が提唱する「大型減税やインフラ投資」が実施できなくなる可能性があった。

ところが、演説中の共和党議員の拍手喝采を見ていると、トランプ大統領が共和党内で孤立するイメージを持ちにくくなった。これならば、議会の協力を得て、思い通りに経済政策を実行できるのでないかという、印象を与えた。

演説で最大の注目は、大型減税について、具体的中身の発表の有無だった。トランプ大統領が、2月9日に「税制改革で2~3週間以内に驚くべき発表を行う」と発言してから、金融市場では、大規模な法人減税が近く発表されるとの期待が広がっていた。

今回の演説では、高過ぎる法人税に「big big cut(大きな大きな引き下げ)」を行うと述べただけで、具体的な水準は示されなかった。「中間層にも巨額減税を提供する」と、一般国民に配慮した発言があった。ただし、具体的な水準や、減税を行うための財源は示されなかった。具体的な発表をするための準備が整っていなかったことを露呈した。

大統領は、官民の資金を使って10年で総額1兆ドル(約113兆円)のインフラ投資を行う方針や、国防支出の大幅拡大についても語ったが、新しい内容ではない。既に述べてきたことを繰り返し、議会に協力を求めたにすぎない。

大型減税や公共投資について、明確な財源が示されていないことが、今後の政策実行上のネックになる可能性がある。財源のない財政拡大は、「持続可能な政策でない」と共和党主流派から拒絶される可能性がある。医療保険改革や公務員の削減で財政支出を減らす方向性を示したが、それだけでは十分な財源とは言えない。

共和党議員のスタンディング・オベーションが、単に儀礼的なものだったのか、大統領の施政方針の承認だったのか、真意はわからない。とりあえず、盛り上がる議会を見て、市場はポジティブに受けとめた。

従来通り、保護主義・排外主義の発言が含まれていたことは、ネガティブだった。メキシコ国境に壁を築く公約の実施を、改めて述べた。米国を過激なイスラム・テロから守るために、入国審査を強化する必要性を強調した。移民の制限を検討していることも示唆した。

「自由貿易は大切」と述べつつ、「公正な条件で行われる必要がある」とし、不公正な競争を行っている国には対抗策を取る必要があることを示唆した。

トランプ大統領は、これまで米国の雇用を奪ってきた国として、中国・日本・メキシコを名指ししてきたが、今回名指ししたのは、中国だけだった。ただし、「NAFTA(北米自由貿易協定)によって米国製造業が大きなダメージを受けた」と、暗にメキシコを批判する内容が含まれていた。日米首脳会談の成果か、日本への批判はなかった。

マーケットが心配していた国境税導入への言及がなかったことは、目先の安心につながった。大統領は、国境税導入を、当然考えているはずだが、とりあえず、施政方針演説には含めなかった。

トランプ大統領の発言は、市場に「好感されたり、嫌気されたり」を繰り返している。昨年11月の大統領選直後の勝利宣言は、美しい文言で、金融市場にポジティブ・サプライズ(良くて驚き)となった。1月に行った記者会見・ツイッターでの情報発信・就任演説・保護貿易主義の大統領令乱発は、ネガティブにとらえられた。

今回の議会演説はとりあえずポジティブ視されたが、具体的な政策の中身は固まっていないと考えられる。本当に市場に好感される政策を実行できるかは、未知数だ。

執筆者プロフィール : 窪田 真之

楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定アナリスト。著書『超入門! 株式投資力トレーニング』(日本経済新聞出版社)など。1984年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本株ファンドマネージャー歴25年。運用するファンドは、ベンチマークである東証株価指数を大幅に上回る運用実績を残し、敏腕ファンドマネージャーとして多くのメディア出演をこなしてきた。2014年2月から現職。長年のファンドマネージャーとしての実績を活かした企業分析やマーケット動向について、「3分でわかる! 今日の投資戦略」を毎営業日配信中。

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