トルコによるロシア軍用機撃墜で、トルコとロシアのシリア内戦をめぐる深刻な対立が改めて浮き彫りになった。欧米トルコ・ロシアが連携してIS(イスラム国)と共闘するシナリオに、大きな障害が生じたことになる。
シリア内戦をめぐり、複雑な立ち位置にあるトルコ
シリア内戦をめぐるトルコの立ち位置は、とても複雑だ。トルコは隣国シリアと歴史的にも民族的にも深い繋がりがある。第一次世界大戦前、トルコ・シリア・イラン・イラクなどの国々はオスマン=トルコ帝国の支配下にあった。第一次世界大戦後に分割され、人為的に国境線が引かれた結果、クルド人やトルコ系トルクメン人などさまざまな民族が今でも多数の国に分断されて居住している。シリアは多様な民族の集合体で、トルコ系民族も多数居住している。
シリアで、内戦が長期化しているが、トルコはこの内戦と無縁ではいられない。400万人ものシリア難民が国外に流出しているが、ほとんどがトルコに流れ込んでいるからだ。その一部はトルコ経由で欧州を目指している。
シリア内戦は、現在、(1)アサド政権、(2)反政府勢力、(3)IS(イスラム国)の三つ巴の争いとなって泥沼化し、停戦のメドが立たなくなっている。反政府勢力は、厳密にいうと、多数の異なる民族集団に分かれており、相互に争いもあり、対立構造がきわめて複雑になっている。
2011年、独裁政権であったアサド政権に対し、「アラブの春」に感化された反政府勢力が立ち上がり、武力衝突が起こったことが内戦の始まりとなった。反政府勢力を欧米トルコなどが支援する一方、アサド政権側をロシア・イランが支援したため、内戦は長期化した。シリア国内の民族・宗教の対立がからんだため、反政府勢力は一枚岩とはならず、分裂した戦いが続いている。
事態を複雑にしたのは、反政府勢力の一部が、イラクで活動する武装勢力IS(イスラム国)と結びついたことだ。ISの勢力拡大を抑えるために、米国はシリアへの空爆を開始した。空爆には英仏独など欧州諸国やIS勢力の拡大を恐れるサウジアラビアなど中東5カ国も参加した。
こうしてシリア内戦はアサド政権・反政府勢力・ISと三つ巴の争いとなった。アサド政権から米国に対し、ISの勢力拡大を抑える戦いに集中するために連携する提案がなされているが、米国はこれを拒否している。シリア内戦は終結のメドがなくなり、シリア国民は日々生命や生活を奪われる危機から逃れるために、国外に出ざるを得なくなっている。
真の問題は領空侵犯の有無でなく、トルコとロシアがシリアで対立していること
最近、IS系組織が中近東・欧州で次々とテロを実行し始めたことが、シリア内戦に新しい展開を生んでいる。10月31日にロシア旅客機がシナイ半島に墜落した事件ではISが犯行声明を出しており、ISによるテロとの見方が強まっている。ロシアは報復措置として、ISへの空爆を強化した。さらに、11月13日にパリで同時テロが起こり、IS系組織が犯行声明を出したことから、フランスもISへの空爆を強化した。オランド仏大統領は、ISとの共闘で欧米ロシアが連携する必要を説き、実現が難しいと思われた共闘に道が開かれる可能性が出ていた。
そこで、11月24日に起こったのが、トルコ軍によるロシア軍用機撃墜である。直接の原因は、ロシア機がIS空爆のために、しばしばトルコの領空を侵犯していたことにある。今回もロシア機がトルコ領空に入り、トルコ軍が度重なる警告を発したにもかかわらず応答がなかったために撃墜したと、トルコ側は主張している。ロシアは領空侵犯を否定しているが、真の問題は、領空侵犯の有無ではない。トルコとロシアが、シリア問題をめぐって対立していることが、事件の背景にある。
トルコは、トルコ系住民保護のために反アサド派を支援していたが、ロシアはアサド政権を軍事支援していた。今回のロシアによるIS空爆強化で、ロシア機はISだけでなく、反アサド派勢力にも、空爆をしかけていた疑いが持たれている。トルコ系住民を含む反アサド派を空爆するロシア機がトルコ上空を通過していくことを、トルコは看過できなかったと考えられる。
トルコとロシアの間に深い溝が生じた結果、ISとの戦いで、米国・ロシアが連携するのが、再び困難になりつつある。こういうことが起こると、そもそもトルコとロシア間に、長い対立の歴史があることまで想起される。歴史的にロシアの南下政策に苦しめられてきたトルコには、反ロシア感情が深く根付いている。
トルコは歴史的に欧州諸国とも対立関係にあった。ただし、第二次世界大戦後は、友好関係を樹立している。トルコは、米国および西欧諸国が中心となってスタートさせたNATO(北大西洋条約機構)の加盟国であり、米欧諸国と軍事的に同盟関係にある。
執筆者プロフィール : 窪田 真之
楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定アナリスト。著書『超入門! 株式投資力トレーニング』(日本経済新聞出版社)など。1984年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本株ファンドマネージャー歴25年。運用するファンドは、ベンチマークである東証株価指数を大幅に上回る運用実績を残し、敏腕ファンドマネージャーとして多くのメディア出演をこなしてきた。2014年2月から現職。長年のファンドマネージャーとしての実績を活かした企業分析やマーケット動向について、「3分でわかる! 今日の投資戦略」を毎営業日配信中。