ギリシャを資金支援するドイツを、ギリシャが攻撃
「ドイツに対して1620億ユーロ(約21兆円)を請求する権利がある」。ギリシャのチプラス政権が2月10日、緊縮財政を求めるEUの盟主ドイツに攻撃的発言を始めたことに、世界が唖然とした。ギリシャは、どこまでポピュリズムに走るのか?
債務まみれのギリシャを支援し続けているEU、その中核にあって資金を出し続けているのがドイツだ。にもかかわらず緊縮財政を迫るEUとドイツを公然と非難し、国民の人気を得て選挙に勝ったチプラス政権は、早速「ギリシャ人の誇りを守るために緊縮財政を放棄する」と宣言した。さらに第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるギリシャ占領で被った損害の賠償を請求する方針をドイツに伝えた。
これを受けてドイツも態度を硬化させ、2月末のギリシャの銀行支援を延長しない可能性に言及した。ギリシャの銀行は信用不安が高まり、預金を引き出す動きが広がった。ギリシャも追い詰められ、財政改革のメニューを今後提出することに同意せざるを得なくなり、2月20日に何とか目先4カ月の資金支援延長を取り付けた。
ギリシャ支援延長で、かえって混迷が深まる
ただ、支援延長が決まっても、ギリシャに対する信用不安は収まらない。支援延長は問題解決ではない。先送りに過ぎないからだ。ギリシャ10年国債利回りは10%台の高水準に張り付いている。
ギリシャ10年国債利回り推移:2013年1月~2015年3月10日
2014年半ばまで、ギリシャの信用不安は緩和しつつあった。緊縮財政を続けた効果で経常収支が黒字に転換することが見えつつあったからだ。ところが、緊縮財政を拒否する政権誕生の見込みが高まった2014年後半から、不安が再燃している。
ギリシャ支援延長で、EUの問題はさらに複雑になってしまった。
「我々の税金を使ってギリシャを支援し続けるのはやめろ」と、ドイツ国民はフラストレーションを積もらせている。一方、財政改革の約束をさせられたチプラス政権は、「選挙公約違反、国民を裏切った」とギリシャ国内から攻撃され始めている。支援延長は4カ月にすぎない。4カ月後に再び、ギリシャ問題が火を噴くリスクを残したままだ。
わがままを言い続けるギリシャにEUが弱腰を続けることで、EUに新たなリスクも生まれている。ギリシャ同様に過重債務をかかえながら緊縮財政を続けている、他のEU諸国にギリシャ同様のポピュリズムが広がりかねないことだ。「ギリシャだけゴネ得」と見られれば、緊縮財政に耐えているポルトガルやスペイン、イタリアからも、「緊縮反対」「反EU・反ドイツ」の大合唱が起こりかねない。今のところ、欧州各国はギリシャに批判的で、ギリシャは孤立している。
統一通貨ユーロの幻想
今になってみると、そもそも経済構造がまったく異なる欧州の国々が統一通貨を持てると考えたこと自体が幻想だったと思われる。
ギリシャ危機は、2008年の世界的な金融危機によって引き起こされたように見えるが、そうではない。恒常的に財政赤字を続けてきたことから、危機の芽はそれ以前からあった。事態が悪化するまで問題が表面化しなかったのは、2001年以降、ギリシャが統一通貨ユーロを使用していたことが関係している。
ギリシャの経常収支 対名目GDP(%)
もし、ギリシャがユーロに加盟せず、通貨ユーロを使用していなければ、ギリシャの通貨ドラクマは、2001年以降、経常赤字の拡大とともに、対ユーロ・対ドルでじりじりと下落し続けたはずだ。通貨が下落すれば、輸入インフレが引き起こされ消費が抑えられる。一方、観光業・海運業など外貨をかせぐ自国産業は通貨安で活性化する。経常赤字拡大→通貨下落→経常赤字減少という「教科書的な為替調整機能」が働いていたはずだった。
ところが、ギリシャはユーロを使用し、ユーロは対ドルで上昇が続いたため、為替による調整機能が働かなかった。ユーロを使い続けていた恩恵で、経常赤字を拡大させても通貨安による輸入インフレに見舞われることがなかった。それで、さらに経常赤字が拡大するという構造に陥っていた。
ギリシャと同じ問題を抱えたEU加盟国は他にもあった。それらの国をすべて相対的に経済が健全なドイツだけで支えていくのは、無理だ。ギリシャ問題をいつまでも引きずると、統一通貨ユーロの矛盾がさらに拡大していくことになりかねない。
ドイツのしたたかな計算
日本から、こうしたEUのドタバタを見ていると素朴な疑問にとらわれる。なぜ、ドイツは、ギリシャをEUから切り捨てる決断ができないのか? ギリシャを切り捨てるリスクは大きいが、切り捨てないリスクも同様に大きくなってきていると思われる。
ドイツは、ギリシャをEUに囲い込むことによってメリットも受けている。ギリシャをはじめとする信用不安国と通貨ユーロを共有しているおかげで、通貨ユーロには売り圧力がかかる。これは、輸出産業が強いドイツにとって大きなメリットだ。ドイツは、ギリシャ支援で損しながら、通貨安ではメリットを取るしたたかな計算をしているように見える。
もし、ギリシャをEUから切り捨てれば、通貨ユーロの信頼は二重に高まる。
ギリシャ支援でロスが膨らむ不安が解消する。
切り捨てられたギリシャ経済の悲惨な姿を見て、他の過重債務国がさらにまじめに緊縮財政に取り組むようになると思われる。
ギリシャは2009年に信用危機が表面化して以降、緊縮財政を続け、その効果で経常収支は改善した。当時GDP比15%もの経常赤字を抱えていたが、2014年は経常黒字の見込みだ。その過程でギリシャ人の実質賃金は40%余り下がったと推定される。相当苦しんで立ち直りつつあったのは事実だ。ギリシャは緊縮財政疲れで、過激な反動が出ているが、それでも最悪期よりは改善している。
今後、EUとドイツは、ギリシャと難しい交渉を繰り返しながら、だらだらとギリシャ支援を続けていくことになりそうだ。
執筆者プロフィール : 窪田 真之
楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定アナリスト。著書『超入門! 株式投資力トレーニング』(日本経済新聞出版社)など。1984年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本株ファンドマネージャー歴25年。運用するファンドは、ベンチマークである東証株価指数を大幅に上回る運用実績を残し、敏腕ファンドマネージャーとして多くのメディア出演をこなしてきた。2014年2月から現職。長年のファンドマネージャーとしての実績を活かした企業分析やマーケット動向について、「3分でわかる! 今日の投資戦略」を毎営業日配信中。