前回の記事(第2回)では、日本型インボイス制度における必須記載事項や、免税事業者のままであり続けるという選択を行った際に想定されるデメリットについて解説した。今回は、免税事業者のままであり続けても支障がない事業者や、現状で予定されている経過措置、適格請求書発行事業者になるための準備について説明していきたい。
インボイスの仕組みをおさらいする
まず、前回の記事でも言及した適格請求書(いわゆる「インボイス」)の記載事項をおさらいしよう、下記が、国税庁からアナウンスされている必須記載事項である。
(1)適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
(2)取引年月日
(3)取引内容(軽減税率の対象品目である旨)
(4)税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜き又は税込み)及び適用税率
(5)税率ごとに区分した消費税額等
(6)書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
(出典:国税庁「適格請求書等保存方式の概要」)
太字で強調した箇所が、現行採用されている請求書(「区分記載請求書」という)の方式から追加される事項)である。この記載様式に従ったインボイスは誰でも発行できるわけではなく、適格請求書発行事業者として登録された事業者のみが発行できるものである。適格請求書発行事業者以外が架空の登録番号等を付してインボイスと誤認されるものを発行した場合、何らかの罰則が適用されるおそれがあるので、絶対に行ってはならない。
そして、売上相手先側で自らが納付すべき消費税額を計算する際に「売上に係る消費税額-仕入に係る消費税額」という算式に基づいて、仕入に係る消費税額の控除(いわゆる「仕入税額控除」)を行うのであるが、日本型インボイス制度開始後はこの仕入税額控除を行う要件が適格請求書の保存となる。そのため、事業者は売上相手先である取引先からインボイスの交付を求められた場合、要請に従わなくてはならないのだ。
インボイスの発行が不可避と考えられる事業者の例
ここで、勘の良い読者の方であれば一つの事項に気が付いたかもしれない。インボイスが必要なのはあくまで仕入税額控除を行う場合であるということである。第1回及び第2回でも説明した通り、日本の消費税法においては、直接の消費税負担者である最終消費者が納税するのではなく、最終消費者に至るまでの各事業者がそれぞれの行った売上取引と仕入取引に基づいて、「売上に係る消費税額-仕入に係る消費税額」という算式に応じて納税を行っているのだ。
つまり、最終消費者を相手とする小売店や飲食店等で、現状の事業規模が小規模で免税事業者(簡単にいえば2年前の課税売上が1,000万円以下の事業者)であった場合、免税事業者のままであり続けるという選択を行う余地はある。当然であるが、販売等の相手先である最終消費者が消費税額の計算を行わない、すなわち仕入税額控除も行わないためである。 ここで、読者の方々でご自身が小売店や飲食店等を営まれている場合、「やった!」と喝采を上げる前に、一点考えてみていただきたい。例えば、あなたが居酒屋を経営していて対象機関の課税売上が1,000万円であるため、これまで消費税法上の免税事業者であったとしよう。客層がほとんど個人として来店する客ばかりであれば、問題ない。
しかし、来店客の中に取引先等との接待で訪れている人はいないだろうか。そういった接待目的で来訪する客は、会社で経費(接待交際費)計上するために領収証の発行をあなたにお願いしていることであろう。そして、その際の領収証の宛名は基本的には「株式会社××御中」などと、事業者の名称を記載していたはずである。日本型インボイス制度開始後は、その領収証が前述したインボイスの記載事項を充たしていない場合、彼らの会社でその経費について仕入税額控除を行えなくなるため、消費税の納税額が日本型インボイス制度開始前の場合と比べて多くなってしまうのである。そのため、接待目的であなたの店を利用される機会は減少してしまうということが想定されるのだ。
つまり、自身が免税事業者のままであり続けるかどうかを考える際、重要なのは自身が営んでいる事業が小売店や飲食店等に該当するかではなく、取引相手(売上相手先)に事業者か含まれるかどうかということなのである。
具体的な職種は様々想定されるが、収入額がさほど多くなかったため今まで消費税の計算はおろか所得税の確定申告をきちんと行ったことがなかったというフリーランスの方々(いわゆる建設業の一人親方、フリーランスで執筆を行っていたライター等)も、事業者相手に取引を行っている個人事業者が多くいると考えられる。日本型インボイス制度の開始に伴い免税事業者のままであり続けるかどうか、慎重に検討していただきたい。
制度開始時の激変緩和措置? ~経過措置について知る~
さて、ここまでは原則的な話を記載してきたが、一方で制度開始時の混乱を避ける目的か、経過措置というものが現状で予定されている。
表「経過措置について」の通り、インボイスとしての要件を充たさない請求書等に基づく取引についても、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの3年間は「課税仕入れ等の税額×80%」について、令和8年10月1日から令和11年9月30日までの3年間は「課税仕入れ等の税額×50%」について、それぞれ仕入税額控除を行うことが認められている。
ただし、この経過措置によっても、仕入に係る消費税額を全額控除することはできないため、やはり売上相手先の立場では、適格請求書発行事業者の登録をしている事業者との取引を優先してしまう可能性が高いことも念頭に置いておいた方が良いだろう。
インボイスの事業者登録はどのようにすれば良い?
最後に、事業者が適格請求書発行事業者の登録を行うためのポイントをいくつか押さえておこう。まず第1に、適格請求書発行事業者の登録は本来、「課税事業者選択届出書」を提出、すなわち課税事業者にならないと行えないとされている。
一方で、課税事業者選択届出書は、課税期間(法人であれば事業年度、個人事業者であれば暦年)の初日の前日までに提出する必要がある。このため、現状で免税事業者である事業者が適格請求書発行事業者の登録を行うには、令和5年9月30日以前も課税事業者にならなくてはならず、例えば個人事業者であれば令和5年の1月から9月も課税事業者として扱われてしまう。
これを避けるため、令和5年10月1日の属する課税期間中に登録を受ける場合には課税事業者選択届出書の提出を行わずに、適格請求書発行事業者の登録申請を行うことができることとされている(ただし、この場合、課税事業者としても取り扱われることになる点に留意)。
次に、適格請求書発行事業者の登録申請であるが、原則的には令和5年3月31日までに行うこととされている。おそらく、制度開始前の駆け込み申請が多くなることで、登録が間に合わなくなることを避けるためである。4月1日以後に申請を行った場合は、登録完了が令和5年10月の制度開始までに間に合わない可能性があるので、注意されたい(期限までに申請が完了できないことについて困難な事情がある場合を除く)。
実際の登録手続きについてであるが、「適格請求書発行事業者の登録申請書」という書類を提出する必要がある。この書類提出は、実際の書面による提出のほか、e-Taxによることもできる。書面による場合は、税務署ではなく「インボイス登録センター」に提出することになるため注意が必要である。
<参照>
書面による提出の参照Webサイト(国税庁HP)
e-Taxによる提出の参照Webサイト(国税庁HP)
制度開始前に慌てないために
今回紹介した事項以外にも、留意すべき点は細かく存在する(値引きや返品があった場合はどうするのか、立替金の場合はどうするのか等)。ただし、基本的な考え方としては、3回に分けて行ってきた解説で押さえられるようにしている。
そして、制度開始は1年後の令和5年10月と言いながらも、前述したように適格請求書発行事業者の登録申請期限は令和5年3月31日と半年後に迫っている。制度開始の直前になって、取引先からの連絡で慌てないように、しっかりと準備を行っていただけばと思う。
この記事が、読者の方々が日本型インボイス制度の概要や登録準備を適切に行える一助になれば幸いである。