大好きな自室の雰囲気とは?
「地元には愛がないけれど実家が好き。自分の部屋が大好き」と公言する特殊なインテリヤンキー、坂本ゆかりさん(仮名、23歳)の生活を聞き取っている(前編はこちら)。坂本さんの地元は東京都品川区。小学校から区外の私立校に通った坂本さんには地元の友だちは皆無で、地元の良さは「品川、新宿、渋谷、羽田空港が30分圏内なところだけ」と坂本さんは断言する。
坂本家は6人家族だ。地元で生まれ育って家業を継いだ父親と、その仕事を手伝いながら家事も引き受けている母親。昨年に武蔵野美術大学を卒業して会社勤めをしている坂本さんの下には弟1人と妹が2人いる。いずれもまだ学生。核家族にしては大人数だ。 「私をはじめ兄弟全員が私立校に通ってきたので、お金は大変だったと思います。親に感謝、ですね」
教育機関と大企業が集中している23区内で広い一戸建てを構えていなければ、子どもたちは進学や就職のタイミングで実家を出て行かざるを得ない。親の経済力が都内のインテリヤンキーたちの豊かな暮らしを下支えしているのだ。
ただし、坂本さんは買い物や外食などの都会遊びを謳歌しているわけではない。とにかく実家が好きで、とりわけ自室が大好きなのだという。友だちとの予定が入っていても、自室で映画のDVDを観たいあまりにドタキャンすることもあると暴露する坂本さん。いったいどんな部屋なのか。
「うーん。一言でいえば、イケアみたいな部屋です」
坂本さん、その一言では何も伝わりません。独特の憎めない雰囲気を醸し出す坂本さんだが、何かを言葉で説明することは得意ではないようだ。部屋に関しては写真を送ってもらうことにして、家族との関係性を聞いた。一人暮らしや結婚に関してのプレッシャーはないのだろうか。
「父は甘いので何も言いません。母は私が学生の頃から『一人暮らしをしたほうがいいと思うよ。どうして出たくないのか理解できない』と言っています。母は厳しい両親に育てられたので、家から出たくて仕方なかったそうです。実際、18歳のときに上京して、23歳のときに私を東京で産んでいます。ようやく社会人になった私にこのままずっと居すわられたら困ると思っているのでしょう」
一人暮らし、留学、結婚、出産……
母親と坂本さんとの関係は決して悪くなく、ざっくばらんに話し合える関係である。家で夕食をとれる夜は、外泊の多い大学生の弟を除く5人でしゃべりながら食卓を囲む。帰宅が遅くなっても、家事をほぼ一手に引き受けている母親の手料理を食べられる。門限はなく、外泊も自由だ。引きこもれる自室もある。働く女性にとっては最高の環境と言えるかもしれない。
だからこそ、坂本さんの自活を促す母親は健全だと思う。成人した娘と姉妹や親友のような関係になってしまい、いつまでも手元に置いておきたがる母親が少なくないからだ。20年後も未婚の娘と同じような共同生活をしたいのだろうか。
坂本さんの母親は容赦なくプレッシャーをかけ、「あなたは日本での生活が向いていないのかもしれない」と、坂本さんの目標であるアメリカ留学にも理解を示してくれている。ただし、結婚と出産は絶対条件だ。「種の保存は人間の義務! ママが面倒をみてあげるから子どもを産みなさい」と直言している。しかし、坂本さんは気が進まない。
「彼氏がいたこともあるけれど、本当はほしくありません。誰かと付き合いたいとは思わない。部屋で一人で過ごすのが好きなので……。『どうして恋人がいないの?』と世間で言われるのは嫌だけれど、本音を言うと彼氏は邪魔なんです。いずれは結婚したいけれど、その『いずれ』が来てほしくない。このままの年齢でずっと実家暮らしをしていたいなあ」
子どもの頃から「個性的だね」「変わっているね」と言われ続けてきたと明かす坂本さん。マイペースなのだけれど他人の目線を無視するほどの強さはなく、生きづらさを感じ続けているようだ。
同調圧力が強い日本社会が、坂本さんを地元ではなく実家に追い詰めているのかもしれない。人それぞれが違って当たり前のアメリカの都市部に渡れば、坂本さんは部屋を飛び出して伸び伸びと暮らすようになる気がする。
<著者プロフィール>
大宮冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター。1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職するがわずか1年で退職。編集プロダクションを経て、2002年よりフリー。愛知県在住。著書に『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)など。食生活ブログをほぼ毎日更新中。毎月第3水曜日に読者交流イベント「スナック大宮」を東京・西荻窪で、第4日曜日には「昼のみスナック大宮」を愛知・蒲郡で開催。
イラスト: 森田トコリ