名古屋の「外に住む気がしない」

地元以外で住み暮らしたのは人生で5か月だけ。名古屋どころか鶴舞公園周辺から出たくない、と言い切るデザイナーの鈴木彰さん(仮名、52歳)のケースを見ている。

名古屋市の地図を見ると、随一の繁華街である栄から南に1キロほどのところに大きな緑地がある。桜の名所としても知られる鶴舞公園だ。公会堂、中央図書館、陸上競技場、野球場、5つの大きな池が点在する。この公園近くにある実家で生まれ育った鈴木さんは「名古屋の中でもベストポジションです」と断言する。

「小学校は公園に隣接している鶴舞小学校です。放課後はみんなで公園内に集まってよく遊んだなあ。広くて自然豊かなので遊び場所には事欠きません。昔は池にホタルがいたんですよ。戦前は動物園があったそうです。今でも園内を歩くだけで四季折々の花を楽しむことができます」

交通の便も良く、鈴木さんは栄にある事務所まで徒歩25分で通勤している。名古屋駅までも歩けるが、公園の入り口にはJRと地下鉄の駅があり、電車を使えば5分ほどで名古屋駅に到着する。東京で言えば日比谷公園と井の頭公園を合わせた内容と立地の公園なのだ。鈴木さんはパークサイドの心地良い都市生活を満喫している。

「土地はもちろん高いですよ。バブルの頃は坪単価200万円ぐらいになりました。親の代からもともと住んでいる人じゃないと一戸建ては難しいでしょう。うちは祖父母の代に鶴舞に移ってきました。茶碗の絵付師をしていたという曽祖父は伏見に住んでいたそうです」

伏見と言えば名古屋駅と栄駅の間に位置する駅であり、名古屋のど真ん中である。名古屋という都市が小さかった頃は、鶴舞ですら「郊外」だったのかもしれない。今ではほどよい自然と交通の便に恵まれた住環境だ。現在は母親と二人暮らしで相続も終わっているという鈴木さんが「外に住む気がしない」というのもうなずける。

「渋滞知らずの名古屋の道も好きですね。4車線、5車線などは当たり前です。名古屋は運転が荒い? カーブの先がいきなり渋滞しているような首都高のほうがはるかに怖いですよ。名古屋は海も山も近い。僕は食べることが大好きなのですが、あんかけスパゲティやどて煮、みそかつなど濃い味で育っていますから、他の街では住めません」

広告関係の仕事が多い鈴木さんは、仕事では常に新しい刺激を受けているという。だからこそ、慣れ親しんだ静かな場所で住みたいのかもしれない。

園内に古墳まである鶴舞公園の入り口付近。名城公園と並ぶ名古屋中心部の緑地帯だ

インテリヤンキーに共通の特徴とは

大卒なのに小中学校時代の学区から出ずに住み暮らしている「インテリヤンキー」たちを訪ね歩く本連載も今回で終わりを迎えた。愛知県と東京都で性別も世代も異なる6人のインテリヤンキーの話を聞き、いくつかの共通点と相違点が見えてきた。

一つ目は、男性4人はいずれも小中学校時代に幸せな思い出があり、現在も地元仲間とつながっている人が多い点。大卒層は小中学校においては「モテないガリ勉」であることが多く、いわゆる「スクールカースト」の下層に置かれがちだ。しかし、中には如才のない例外もいる。マイルドヤンキーたちと明るくやんちゃに遊ぶ半面、勉強もできるという人たちだ。都内の実家に住み続ける20代女性2人が「地元の人たちは嫌いだけど、実家が大好き」と明言するのとは対照的であった。昨今、女性同士の「マウンティング」が話題になっている。男性よりも女性のほうが格付けに厳しく、階層間の交流は少ないのかもしれない。

二つ目は、大卒層に適した仕事が地元にあることだ。どんなに郷土愛が強くても、地元の近くには自治体と農協と信用金庫ぐらいしか大卒向けの職がない場合は、外の大都市に出て行かざるを得ない。その点では、愛知県田原市で家業の農家を継いでいる男性は異色の存在だった。東京での会社員経験もある彼は、マーケティングの手法も取り入れた農業を模索中だ。

そして三つ目は、跡を継ぐべき土地や建物などの財産があること。子育て世代の場合は、親の手を借りられるというメリットもある。彼らは義務感と打算によって親の近くに住み続けているのだ。取材させてくれたインテリヤンキー全員が長男長女だったことは偶然ではない。

再び我が身を振り返る。僕には小中学校時代に「いい思い出」はほとんどない。都会でもなく田舎でもないベッドタウンの地元(埼玉県所沢市および東京都東村山市)は、フリーライターの身としては最も身を置きたくない場所である。借家暮らしの両親はすでに地元にはいないし、僕は次男である。そういえば、三人兄弟のうちで実家に近い都内に住み暮らしているのは兄だけだ。

しかし、自分に子どもがいたらインテリヤンキーという生き方を勧めたい気もする。広い世界に出る可能性を持ちながらあえて狭い世界で住み続ける――。見栄や世間体とは関係のない「実のある人生」がそこにあるのだ。(完)

<著者プロフィール>
大宮冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター。1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職するがわずか1年で退職。編集プロダクションを経て、2002年よりフリー。愛知県在住。著書に『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)など。食生活ブログをほぼ毎日更新中。毎月第3水曜日に読者交流イベント「スナック大宮」を東京・西荻窪で、第4日曜日には「昼のみスナック大宮」を愛知・蒲郡で開催。

イラスト: 森田トコリ