池袋駅から東京駅を経由して新宿駅へ。そして荻窪駅まで。途中の中野坂上駅からは分岐して方南町駅まで走る丸ノ内線と支線。当初、池袋駅―新宿駅間が丸ノ内線、新宿駅より西側の荻窪駅・方南町駅方面は荻窪線と呼ばれていた。荻窪駅―新宿駅―池袋駅間が一体的に運行されるようになると、そうした呼び分けは必要なくなり、自然と荻窪線の名称は使われなくなった。一方、中野坂上駅から方南町駅方面へ分岐する区間は、必ず中野坂上駅での乗り換えを必要とした。そのため、中野坂上駅―方南町駅間は長らく方南町支線と呼ばれつづけてきた。

方南町支線に属する中野新橋駅・中野富士見駅・方南町駅は、需要が少なかった。そうした理由もあって、ホームそのものが短く設計された。方南町支線には6両編成の電車が入線できない。それが乗り換えを必要としていた理由だ。中野坂上駅―方南町駅間は、おもに3両編成の電車が行き来する。本線とは切り離された寂しい区間だったが、2019年にホーム延伸工事が完了。7月からは6両編成の電車が入線可能になった。それに伴い、方南町駅から新宿駅・池袋駅までの直通運転が開始される。方南町駅を発着する電車の本数も増え、方南町駅の利便性は一気に向上した。

中野区と杉並区の境界に立地する方南町駅は、新宿駅から約20分という好アクセスの地にある。それにも関わらず、これまでは目立つような駅ではなかった。実際、ホームから地上へとあがってみると、そこには新宿駅の喧騒とは打って変わって閑静な雰囲気を醸す住宅地が広がる。オシャレなカフェも、話題を振りまくショッピングモールもない。駅前には高いオフィスビルやタワーマンションはなく、生活感が溢れた街並みがつづく。

  • 方南町駅の改札は、こぢんまりとしている

    方南町駅の出入口は、こぢんまりとしている

どこにでもあるような、いたって普通で平凡な住宅街の方南町駅界隈だが、方南町駅は大志を抱いた少年・少女が一度は立ちたいと夢見た舞台があった地でもあり、今でも聖地と崇められる地の最寄駅でもある。少年少女たちが夢にまで見た舞台は、"普門館"と呼ばれる音楽ホールだ。普門館は宗教法人立正佼成会が所有する施設だが、1970年の落成後から吹奏楽の公演が頻繁に催されてきた。

そして、1977年からは全日本吹奏楽コンクールが毎年開催されるようになった。同コンクールは吹奏楽少年・少女の目指す最高の舞台。そのため、普門館は"吹奏楽の甲子園"とまで呼ばれるようになる。吹奏楽の聖地は、2011年の東日本大震災で打撃を受ける。建物そのものに損傷はなかったが、耐震調査で天井が崩落する危険性が指摘された。そうしたことから、大規模な補修や建物そのものを新しくする建て替え工事が検討された。普門館が竣工した当時は一帯が準工業地域だったために、普門館のようなホールを建設することは可能だった。

しかし、歳月を経て一帯は住宅地に変容。建築基準法における用途地域も変更されていたことから、普門館のようなホールを建てることが法的に不可能になっていた。そのため、普門館の大規模改修や建て替えは断念された。2018年11月、立正佼成会は取り壊し工事前に一般公開イベントを開催。全国から別れを惜しむ吹奏楽ファンが集まった。

  • 解体工事中の普門館

  • ありし日の普門館全景。その外観も独特なデザインとして、建築関係者からも注目されていた

  • 2018年11月の普門館一般公開イベント"普門館からありがとう"の看板

普門館の跡地は、緑地として再整備される予定になっている。最後の舞台演奏から約9カ月が経過した現在、解体工事が急ピッチで進む。普門館の独特な外観デザインは工事用の仮囲いで一部しか見ることはできない。こうして、方南町駅の、そして地域のシンボルでもあった普門館は完全に幕を下ろした。普門館は善福寺川に接しているが、川沿いを中野富士見町駅方面に歩くと神田川と分岐する地点に出くわす。その傍らには東京メトロの中野車両基地があり、基地には丸ノ内線の電車が留置されている。

  • "普門館からありがとう"には、多くの吹奏楽ファンが集まり、思い思いに楽器を演奏した

フェンス越しに車両基地を見るのも楽しいが、せっかくなら遮るものがない状態で車両基地を眺めたい。そんな鉄道ファンだったら、方南通りの歩道橋が絶好のビュースポットといえるだろう。丸ノ内線で活躍していた02系が老朽化したことにより、2019年から新型車両の2000系が登場した。02系は銀色に赤いラインカラーの車体。2000系はデザインを一新し、全体を赤色で統一している。東京メトロは2022年度末までに、丸ノ内線で走る車両をすべて更新する予定だ。旧型車両に乗ることができるのも、見ることができるのもわずかな時間しか残されていない。

  • 東京メトロの車両基地を方南通り沿いから眺める

  • 歩道橋からは車両基地全体を見渡すことができる

普門館も車両基地も、方南町駅から東側に位置する。今度は環状七号線を渡って、西側にも足を向けてみよう。方南通りを20分ほど歩くと、敷地面積が約26万平方メートルの和田堀公園が見えてくる。善福寺川に沿って公園地が形成されているので、和田堀公園全体はくねくねと曲がった形をしている。南側には大宮八幡宮が鎮座し、周囲には古代の遺跡もある。

  • 和田堀公園の一画には、大宮八幡宮の境内地も

園内には親子で遊べるスペースや野球場などのスポーツ施設も充実しているが、和田堀公園の特筆すべき点はアカマツが生い茂る鬱蒼とした森だ。東京都内とは思えないような静けさと幻想的な雰囲気が漂う。

  • 園内は緑が多く、あちこちに森のような場所もある

昼間でも日が差さないような一画もあり、初めて足を踏み入れると森に迷ったような錯覚に陥り、大人でも不安に駆られる。それほど豊かな自然が和田堀公園には残っている。都市化の進展で姿を消していた野鳥が、最近では公園に戻ってくるようになった。そのため、バードウォッチングを楽しむ来園者が増えているという。和田堀公園は、京王井の頭線の永福町駅・西永福駅からも近い。

小川裕夫

静岡市出身。行政誌編集者を経て、フリーランスライター・カメラマン。取材テーマは、旧内務省・旧鉄道省・総務省が所管する分野。最新刊は『ライバル駅格差』(イースト新書Q)