昨年から感染拡大が続いていた新型コロナウイルス感染症により、緊急事態宣言が繰り返し発出されたことで、飲食店では酒類の提供自粛や夜間営業の短縮などが実施された。都道府県境を跨ぐ移動の自粛も求められた。
東京都町田市の場合、ネット上で「町田は神奈川」というジョークがたびたび話題になる。町田駅が東京都と神奈川県の境界線付近にあり、緊急事態宣言でも、町田駅を生活圏にする人たちの移動がにわかに注目を集めた。しかし、生活圏と都道府県が一致しない地域は他にもある。
東京都足立区に所在する見沼代親水公園駅は、東京23区最北端の駅でもある。2008年に開業した日暮里・舎人ライナーの終点で、東京都交通局が運行する新交通システムとして建設された。
日暮里・舎人ライナーは、起点となる日暮里駅から尾久橋通りと呼ばれる都道58号に沿って北上している。都道58号では以前から都営バス「里48」系統が運行されているが、沿線の宅地化が急速に進み、人口が急増したことから、バスよりも輸送力の大きい公共交通機関を求める意見が相次いだ。そうした背景もあり、日暮里・舎人ライナーが整備されることになった。
同線は東京都交通局が運行していることもあり、終点の見沼代親水公園駅で軌道が途切れている。埼玉県まで延びていないものの、一応は延伸も視野に入れた形になっている。見沼代親水公園駅から都道58号を北へ約350m歩くと、埼玉県草加市に入る。駅そのものは東京都内にあるが、立地から埼玉県民の利用者が多いこともうなずける。
実際、駅の西側にあるロータリーからは、都営バスの他に草加市のコミュニティバスも発着しており、同駅の利用者に草加市民が多いことをうかがわせる。一方、都県境の北側(草加市内)にあるホームセンターでは、駐車場に足立ナンバーが多く並んでいる。これらを見ても、東京都と埼玉県の境界線があまり意識されていないことがわかる。
2019年の埼玉県知事選では、「あと数マイルプロジェクト」を掲げた大野元裕氏が当選した。これをきっかけに日暮里・舎人ライナーが延伸し、埼玉県側の住民が使いやすくなるかもしれない。すぐに実現する簡単な話ではないが、将来的な期待は高まっている。
見沼代親水公園駅を中心に、毛長川が四方へと延びている。川沿いには緑道が整備され、親水空間となっている。緑道ではない一般道も、歩いていると暗渠化されたことを物語るような痕跡を見つけることもできる。草加市側にはかつての水門のような遺構も残る。
駅周辺の一帯は、駅名からもわかるように過去は一面が沼地や湿地で、ハスやクワイが生い茂る田んぼが多かったという。高度経済成長期からバブル期にかけて田んぼは消失し、残った畑も平成の30年間で住宅地へと姿を変えている。
かつての面影はかなり薄れているものの、駅から脇道へ入ると、わずかに残った農地を見ることができる。毛長緑道には花や緑が数種類も植栽されている。自動車がせわしなく行き交う都道58号の喧騒が嘘のように、毛長緑道沿いには静かな住宅街が広がり、近隣住民が犬を連れて散歩し、ジョキングで汗をかき、自転車を走らせている。
毛長緑道のせせらぎには、何種類もの魚が泳ぎ、野鳥が飛来する姿も目にできる。水がきれいだということも感じられる。毛長緑道と見沼代親水公園はほぼ一体化しており、せせらぎ沿いにはベンチやあずまやが整備されているので、弁当を広げている親子連れや、ペットドボルを片手に自然を愛でる年配者の姿も見られる。
駅の南側に目を移すと、舎人氷川神社が鎮座している。舎人(とねり)は江戸時代、赤山街道の宿場町として栄えた。赤山街道は一般的にメジャーな街道とはいえないが、舎人氷川神社は1200年(鎌倉時代初期)に創建されたとの言い伝えが残っていることから、歴史ある神社といえるだろう。
見沼代親水公園駅から北西へ、毛長緑道を550mほど歩くと、埼玉県川口市に入る。同駅は足立区や草加市のみならず、川口市からも徒歩圏でもあった。
日暮里・舎人ライナーは、急激な沿線宅地化によって、東京圏でも屈指の混雑路線へと姿を変えた。最大震度5強を観測した先日の地震で日暮里・舎人ライナーの車両が脱輪し、数日にわたり全線運転見合わせとなった際も、代替輸送のバスが非常に混雑したと聞く。沿線の宅地化の波はいまだ衰えを知らず、足立区だけでなく隣接する草加市や川口市への影響も大きい。こうした状況を見ると、大野知事が「あと数マイルプロジェクト」に力を入れるのもうなずける。
宅地化により人が増えることは、自治体にとって歓迎すべきことだが、その一方で見沼代親水公園駅の地元である足立区は、駅周辺の豊かな自然が失われないように、環境保全や水質浄化に配慮した政策にも取り組んでいる。