「実質的に埼玉県」。荒川を挟んで埼玉県境に位置することから、東京都北区に立地する赤羽駅は、そう揶揄されることも珍しくなかった。東京の北端ゆえに、埼玉カルチャーの影響を多大に受け、埼玉県民が気軽に来られる。実態はともかく、そんなイメージが流布した結果、"赤羽は埼玉"ジョークは勢いを増した。
そうしたイメージが流布する一方、赤羽駅は静かに東京化を進めていた。1990年に駅付近の開かずの踏切がなくなり、2011年にはエキナカに「エキュート」がオープン。駅構内に一大商業施設が誕生し、帰宅途中のサラリーマンやOLが寄り道していくようになる。
エキュートは駅構内にある。そのため、その経済効果は限定的と思われていた。しかし、エキュートによって赤羽に吸い寄せられた利用者たちによって、駅の外にも目が向けられるようになる。時代とともに赤羽駅の存在感は強くなり、赤羽のイメージは改善している。
赤羽駅のイメージが爆上げしているのは、エキナカの影響によるものだけではない。もともと赤羽駅は東北本線(宇都宮線)・高崎線・京浜東北線・埼京線が乗り入れる交通至便な駅だったが、2001年に湘南新宿ライン、2015年に上野東京ラインが開業。新宿駅や渋谷駅、品川駅などの東京の“西側諸国”へと直通し、武蔵小杉駅や横浜駅といった発展が著しい神奈川県の街にも簡単にアクセスが可能になったことが大きい。
これらにより、赤羽駅の利便性が改めて再認識され、赤羽駅は東京の北端にあるゲートステーションとして、その役割を発揮するようになる。こうして、赤羽駅は交通至便の駅として隆盛し、人気を集める。しかし、赤羽駅の来歴を振り返ると、不人気タウンとして冷遇されていた時代の方が短い。
1885年に日本鉄道(現・JR高崎線)が上野駅―熊谷駅間を開業させた。赤羽駅は、その中間駅として開設されたが、赤羽駅から新宿駅を通って東海道本線の品川駅に直結する線路も建設された。赤羽駅は群馬県・埼玉県方面から運ばれてくる物資を開港地の横浜へと運ぶという重要な役割を果たした。つまり、赤羽駅は産声をあげた時点から、鉄道の要衝地としての宿命を背負っていた。
1891年、帝国陸軍が軍隊用の服や靴を製造する工場「被服廠」の倉庫を開設。陸軍が赤羽に被服廠を開設したのはれっきとした理由がある。被服廠は生産品目や生産量から兵力などを窺い知ることができる。言うならば、被服廠は軍事機密の塊のような施設だ。
政府や軍関係者が軍事機密を漏れないよう細心の注意を払うのは当たり前。赤羽駅西側は台地上の地形になっており、人の出入りを制限しやすく、情報も漏れにくい。そのうえ、鉄道を使えば、帝都の中心部にも短時間でアクセスできる。こうした理由から、陸軍は赤羽を一大軍事拠点に選んだ。被服廠が開設されたことを皮切りに、陸軍は軍関連施設や工場を次々に赤羽に集結させた。こうして赤羽は堂々たる軍都になる。
赤羽駅西口から線路沿いを北へ進むと、坂道が現れる。坂の頂上にミッションスクールの星美学園が立地しているが、戦前期まで同校一帯には近衛師団と第一師団が駐屯していた。そのため、星美学園につづく坂道は師団坂、道路は師団坂通りと命名されている。師団坂の入り口は、八幡神社へとつづく坂道が分岐している。星美学園・八幡神社は赤羽台の上に建てられているわけだが、その下のトンネルはひっきりなしに新幹線が行き交う。
東北・上越新幹線が開業する際、同トンネルの掘削が反対運動を刺激した。そのため、このトンネル掘削工事は予定を大幅に遅らせた。それが東北・上越新幹線の開業スケジュールを狂わせた一因にもなった。
師団坂の突きあたりには、東京北医療センターがあり、その脇には赤羽台さくら公園が整備されている。新しく整備された公園には防空壕跡も保存されており、これらからも赤羽が軍都であること、そして連合軍の標的にされていたことを物語る。
赤羽台さくら公園から駅方面へと戻る途中に、赤羽緑道公園という細長い公園が現れる。一見すると、何の変哲もないような緑道だが、路面には線路のような構造物が描かれている。また、遊歩道の手すりには列車の動輪のような装飾が施されている。
赤羽駅一帯には、軍事施設が点在していた。そのため、陸軍は施設間の物資輸送を円滑にするべく、トロッコの線路を敷設。トロッコの線路はあちこちに延びていたが、その一部が赤羽緑道公園に転用され、路面に描かれた線路は戦争を後世に伝えるものとして残された。
ちなみに、赤羽駅から二駅南にある王子駅付近にも軍事工場が集積。王子駅からは、軍事輸送を担う須賀線という鉄道が敷設されていた。赤羽駅一帯に集積していた軍事施設は、戦後にGHQがことごとく接収した。それらの多くは、軍都とは関係がない公共施設に転換させられている。そうした土地の変遷もあって軍都・赤羽は遠くなったが、一部の敷地が陸上自衛隊十条駐屯地に引き継がれて今に至っている。(後編につづく)