神奈川県川崎市の人口が、右肩上がりで増え続けている。昨年には約152万6,000人に達し、兵庫県神戸市の人口を抜いた。日本全体が少子高齢化・人口減少社会に突入して久しい。それでも、川崎市の人口増加はとどまるところを知らない。今後も増加が見込まれている。

ただ、一口に川崎市といっても、その範囲は広い。人口増加を牽引するのは、タワーマンションが多く林立するエリアだ。川崎市でタワマンが多く立ち並ぶエリアといえば、すぐに思い浮かぶのは武蔵小杉駅の近隣だろう。近年になって鉄道の便が格段に向上した武蔵小杉駅は、東京都心部へ通勤するサラリーマンからもてはやされた。そうした若い世帯が多く居住し、街には活気がみなぎっている。

最近は武蔵小杉駅だけではなく、ほかの地域にも活気が波及。同様にタワマンが増え、人口も伸びている。特に南武線の沿線は、多くのオフィスや工場が並び、そこへ通勤する人たちが住まいを構えるようになった。南武線の沿線人口は増え、相対的に南武線の利用者も増えた。朝夕のラッシュ時には、混雑を見せる。南武線は川崎駅と東京都の立川駅とを結んでいるが、途中駅の尻手駅から分岐して浜川崎駅までを結ぶ約4.1kmの支線もある。この支線は、浜川崎支線と呼ばれる。

  • 簡素な構造の小田栄駅

    簡素な構造の小田栄駅

浜川崎支線は南武線(本線)と同じく、利用者の多くは沿線にある工場への通勤用として使われる色合いの濃い路線だった。川崎市の人口増が小田栄駅周辺にも波及し、それに伴って2016年に小田栄駅が仮設駅として開業した。

小田栄駅は仮設駅として開業したため、隣の川崎新町駅と同じ運賃が設定された。小田栄駅周辺はもともとベッドタウンの趣が強い街でもあったが、小田栄駅が開業したことでさらにベッドタウンの趣を強くした。そして、2020年には小田栄駅が本設化。小田栄駅は独り立ちを果たした。小田栄駅は非常に簡素な構造になっている。無人駅であることは言うまでもなく、ホームや、駅の出入口に簡易な自動改札機といった必要最低限のものしか揃えていない。駅と表現するよりも、"のりば"といった方がしっくりするほど簡素な駅でもある。それでも、小田栄駅が開業したことで地域活性化に大きく貢献していることは間違いないだろう。

  • 駅の目の前には往来の激しいバス通りがあり、川崎駅へと向かうバスが発着している

駅周辺は閑静な住宅街だが、駅に接している道路は自動車の往来が激しい。こうした周囲の様子を窺っても、ほとんど使われることがない、いわゆる"秘境駅"とも違う雰囲気を醸している。駅から出ると、目の前にはバス停「小田踏切」が設置されている。このバス停から川崎駅へと向かうバスが頻繁に発着しており、バス停では利用者が列をつくっている。

  • 小田栄駅は"のりば"という表現がぴったりとくるような駅。駅の入り口には自販機が設置されている

バス停は線路のすぐ脇にあり、そのためバスは踏切の目の前で停車する。交通量は常に多いので、バスの乗降客やバスの横を通り抜ける歩行者、自動車のドライバーなどは通行の際に細心の注意が必要になる。浜川崎支線は貨物列車も多く通過する。川崎は京浜工業地帯を牽引する都市であり、なかでも臨海部は大規模工場を多く抱える。その工場群に物資を運び、工場から製品を運ぶ。そのための貨物列車が行き交うので、貨物ファンにはさまざまな貨物列車を眺められるビュースポットでもある。

  • 浜川崎支線は京浜工業地帯をつなぐ路線のため、貨物列車が多く行き来する

ただ、駅を日常的に使う住民目線に立てば、話は違う。貨物列車の通過は踏切による遮断を生じる。それほど本数が多くないとはいえ、その遮断時間で待たされることを億劫に感じているかもしれない。駅の脇には遊歩道のような小径が整備されているが、そこを通らずにバス通りを北東方面へ進むと「コーナン」の看板が見えてくる。同店には、ホームセンターのほかチェーン系の飲食店、100円ショップなど日用品雑貨を扱う店もある。

  • 駅から市電通りへ向かう途中にあるホームセンター「コーナン」

「コーナン」を横目に、さらに歩くと自動車の往来が激しい通りに出る。ここにも大きなショッピングセンター「イトーヨーカドー」がある。近所に住んでいると思しき住民たちが、自転車で次々とやって来る。そんな光景を見て、小田栄駅一帯は工場街と住宅街がミックスしたような地域であることを感じさせる。

しかし、人口が爆発的に増加している武蔵小杉駅とは異なり、小田栄駅の周辺には背の高い建物が少ない。周辺を見渡すと、それなりに背の高いマンションは立っているものの、多くの家屋は見上げるような高さまでにはなっていない。そうした環境でもあるので、街を歩いていると空が広く感じる。

自動車の往来が激しい"市電通り"

「イトーヨーカドー」が面している大きな道路は "市電通り"という名前がつけられている。道路名の "市電"とは、1969年に全廃した川崎市電のことを指す。すでに全廃から50年以上が経過しているので、川崎市電を利用した経験がある近隣住民は少なくなっているだろうが、それでも"市電通り"という名称がつけられているので、後世まで川崎市電を語り継ごうとしている意思を感じさせる。"市電通り"の市電跡は、そのまま道路に転用された。そのため"市電通り"の車線は多い。だから、自動車の往来も自然と激しくなる。

また、歩道が幅広く取られているので歩行者も歩きやすい。なにより、歩行者と自転車の走行空間が明確に分離されているので、小さな子供連れや高齢者でも安心して歩くことができる。川崎市電の停留所には"小田栄町"があって、小田栄町の停留所から川崎市電に乗車すれば乗り換えなしで川崎駅へ行くことができた。

  • 市電通りのショッピングセンター「イトーヨーカドー」は地域住民に欠かせない

ちなみに、小田栄駅周辺に川崎市電の面影は道路の名前にしか残されていないが、小田栄駅から徒歩25分ほど歩くと川崎市電の車両が保存・展示されている桜川公園がある。

"市電通り"を浜川崎駅方面へ歩くと、JFEスチールの看板が目に入ってくる。JFEスチールは川崎製鉄と日本鋼管が2003年に合併して誕生した大手鉄鋼メーカーで、京浜工業地帯を代表する企業でもある。周辺は工場街といった感じの雰囲気が濃くなり、道路には大型トラックが目立つ。

"市電通り"をJFEスチールとは反対側の川崎駅方面へ歩くと、第一京浜と交わる交差点に着く。ここまで来ると、もはや小田栄駅とかなり離れてしまうが、この歩道には川崎市電の車両が描かれている。

  • 川崎市電の記憶を今に伝える地面のモニュメント

3月に独り立ちしたばかりの小田栄駅は、朝夕の通勤ラッシュ時間帯こそ一時間に3~4本運行されている。南武支線は全線が単線。それなりに多くの本数が運行されている。通勤・通学としては不自由しない。ところが、昼間は1時間に1~2本と運転本数が少なくなる。住民が生活の足として使うには、クリアしなければならない課題が残っている。それでも、今年3月には5時台に小田栄駅発が設定されて、初電の時間が繰り下げられた。こうして少しずつ利便性の向上が図られていくだろう。今後も街の発展とともに、生まれたての小田栄駅は大きな期待を背負っている。