今年9月、東京急行電鉄(東急)は、商号を東急に変更。10月には子会社として新たに東急電鉄が誕生した。東急がこれまで主業にしてきた鉄軌道事業は、新たに設立された子会社・東急電鉄が引き継ぐ。

鉄道会社のイメージが定着している東急は、現在こそ系列企業に東急不動産や東急建設といった都市開発と密接な企業を抱えるが、その歴史を紐解けば郊外開発を目的にした田園都市株式会社が源流。今回の体制の再編は、まさに東急の原点回帰とも受け取れる動きといえる。

田園都市株式会社は都市開発としての役目を終えると、子会社的なポジションだった鉄道部門に統合された。

  • 二子玉川駅

東急は、東京を代表する繁華街・渋谷にターミナル駅を据える。渋谷駅からは神奈川県の中央林間駅までを結ぶ田園都市線、横浜駅まで走る東横線などが発着している。田園都市線は、1927年に玉川電気鉄道が玉川駅―溝ノ口駅を開業させたことに始まる。以降、紆余曲折を経ながら路線は延伸。沿線も宅地化した。田園都市線の沿線は、主に高度経済成長期にニュータウンとして開発された。この時期、沿線人口は爆発的に増加。それから50年。東急を支えた沿線は、時代とともに変化した。

  • 二子玉川駅と直結している二子玉川ライズ方面の様子

オシャレな街として人気を集める二子玉川駅は、2000年に二子玉川園駅から改称。間もなく改称から20年が経過するが、もはや二子玉川園駅時代の面影は乏しい。遊園地だった二子玉川園は、二子玉川タイムスパークを経て二子玉川ライズへと再開発された。

  • ショッピングモールの先駆的な存在の玉川高島屋S.C

二子玉川駅の改札口を出ると目の前から商業施設が広がり、その規模に圧倒される。これが、東急が全精力を注いだ再開発の成果ともいえるが、その雰囲気は駅前に商業施設があるというよりも商業施設の中に駅があるという印象を強く受ける。

改札から西口に出ると、目の前には1969年から店を構える玉川髙島屋S.Cがある。玉川髙島屋S.Cはショッピングモールの先駆的な存在で、開業から50年が経過した現在でも二子玉川のブランドタウン化に大きく貢献する商業施設として君臨している。

東口からは二子玉川ライズが広がる。買い物客などでにぎわう駅前を抜けるとバスターミナルがある。このバスターミナルからは、武蔵小杉駅方面にもバスが走っており、二子玉川駅は都県境を超えた交通の結節点であることが窺える。

  • 二子玉川ライズにはバスターミナルも併設されており、神奈川県からも買い物客が訪れる

二子玉川は2011年にまちびらきしたが、二子玉川駅の周辺が世間から注目されるようになったのは蔦屋家電のオープン前後からだ。2015年に二子玉川ライズにオープンした蔦屋家電は、書店と融合した空間がこれまでにない生活提案型店舗として話題を集めた。今では蔦屋家電は二子玉川ライズを代表する核店舗に成長し、多くの来街者を集める。

  • 二子玉川ライズの顔とも言える存在になった蔦屋家電

二子玉川ライズの中心には、ファーマーズマーケットなどのイベントが開催される中央広場が設けられている。中央広場は平日・週末問わず、多種多様なイベントが催行されているため、近隣住民がふらりと立ち寄る場になっている。中央広場の上階には、ルーフガーデンと命名された公開空地もある。ルーフガーデンの菜園広場では野菜が栽培され、めだかの池では多摩川の生態系が維持されている。ルーフガーデンは地元住民が利用するだけではなく、通勤・通学者がくつろぐなど、二子玉川全体の憩いの場になっている。

  • 二子玉川ライズの中央広場では、頻繁にイベントを開催

2015年、IT企業大手の楽天が本社を二子玉川へと移した。これにより、二子玉川ライズをはじめとして二子玉川駅界隈のオフィス街化が進んでいる。ルーフガーデン内の展望デッキからは、東京・神奈川の母なる大河・多摩川を一望できる。

  • ルーフガーデンの菜園では、さまざまな種類の野菜が栽培されている。中央のビルが、楽天本社

  • ルーフガーデン内には芝生広場もあり、親子連れが楽しそうに遊ぶ

  • 二子玉川駅のホームからも、台風の傷跡がはっきりと見て取れる

先日の台風19号によって、多摩川は氾濫。二子玉川駅一帯は水害に見舞われた。二子玉川ライズと多摩川の間には、大正から昭和にかけて多摩川の氾濫に備える堤防が築かれた。しかし、時代とともに堤防の川側にあたる堤外地が宅地化されたため、堤防の外側と内側を行き来できるように煉瓦造りの通路が設けられた。この通路が、陸閘(りっこう)と呼ばれる。陸閘は水害に効果を発揮したが、昭和40年代から新堤防が造成されて水害への備えが強化された。

  • 二子玉川ライズと多摩川の間にある陸閘。いまや歴史的遺産となっている

  • 大正期から昭和初期に築かれた堤防。左側は多摩川河川敷だったが宅地化された

多摩川は二子玉川駅付近から野川と合流するが、この合流地点に兵庫島公園が整備されている。兵庫島公園は親水・緑地空間として家族連れやカップル、釣り客でにぎわう。しかし、台風19号で一帯は浸水。木々はなぎ倒され、チビっ子が走り回れるような場所ではなくなった。現在は急ピッチで復旧工事が進められている。

  • 台風19号で倒壊した兵庫島公園の樹木。住民憩いの場は一変した

同じく多摩川畔に整備されている二子玉川公園からは、対岸の河岸段丘を見ることができる眺望広場も設けられている。ここからは、対岸にそびえたつ武蔵小杉のタワマン群も目にできる。多摩川・野川には国分寺崖線と呼ばれる斜面地がつづくが、先の台風19号でその美しい光景は失われた。それでも台風の余韻が冷めない一週間後には、釣り人が多摩川や野川には見られるようになった。河川敷には、ジョギング・犬と散歩をする人も見られ、日常を取り戻しつつある。

  • 多摩川では鮎が釣れるため、休日には多くの釣り客が訪れる

駅から少し歩けば閑静な住宅街が広がる二子玉川駅だが、近年は駅近くにタワーマンションが続々と竣工。新住民の増加も顕著になっている。住みたい街ランキングの常連になった二子玉川は、新たな東急のブランドタウンとして田園都市線の活気を牽引している。

  • 多摩川の河川敷は、絶好の電車ビュースポット

小川裕夫

静岡市出身。行政誌編集者を経て、フリーランスライター・カメラマン。取材テーマは、旧内務省・旧鉄道省・総務省が所管する分野。最新刊は『ライバル駅格差』(イースト新書Q)