昨今、九州新幹線西九州ルート(長崎新幹線)の着工を巡り、佐賀県が政府やJRに反発を強めている。長崎新幹線が開業すると、博多駅―長崎駅間の所要時間は最速で51分に短縮。九州でも長崎は屈指の観光都市でもあるだけに、時間短縮効果は観光需要の創出につながる。それだけに長崎新幹線への期待は大きい。JR九州や長崎県は、早期開業を推進している。

一方、現行の在来線特急でも佐賀駅―博多駅間の所要時間は約40分。新幹線が開業すれば在来線特急は減便することが確実。新幹線の恩恵が少ない佐賀県は、長崎新幹線に賛成する立場にない。そうした思惑が交錯する長崎新幹線は、両者が納得する落としどころが見つかっていない。

頑なに長崎新幹線に反対する佐賀県だが、一部のエリアではすでに九州新幹線が走り、駅も開設されている。新幹線の恩恵を受けている佐賀県で唯一の都市、それが佐賀県の要衝地のみならず九州内、全国レベルで交通の要衝として知られる鳥栖市だ。

  • 鳥栖駅

鳥栖市の玄関口でもある鳥栖駅は、明治期から鉄道の要衝地として栄えた。しかし、当時の計画では駅は鳥栖ではなく隣町の田代に開設される予定だった。江戸期より、田代は売薬業が盛んな地として知られていた。そのため、鉄道用地として土地を売るより、地元住民は薬の原料を生産した方が儲かると考えていた、そうした事情から農家が土地を売らず、隣町の鳥栖に駅が開設されることになった。交通の要衝地・鳥栖は、棚ぼた的に第一歩を踏み出した。

  • 駅の東西は跨線橋で連絡。行き交う列車の数々を眺められるビュースポットでもある

人・物が行き交うことで明治期から栄え始めた鳥栖は、時代とともに国道が整備され、そして高速道路も建設された。こうして、近年では"九州の交差点"とも形容される都市として存在感を強めていく。鳥栖市の玄関口でもある鳥栖駅は、21世紀に入る頃から地理的優位性が注目されるようになった。そこに着目した企業が次々と集まるようになり、現在では佐賀県のみならず九州全体にとって重要な地位を占める都市になっている。鳥栖駅には大企業の支店・営業所・事業所・工場などが集積し、地方都市とは思えないような通勤ラッシュの光景も見られる。

そうした都市の活況ぶりに比して、鳥栖駅の規模は小さい。厳密にいえば、鳥栖駅は鹿児島本線・長崎本線が頻繁に発着し、都市圏の駅と比較しても遜色ない3面6線という規模になっている。しかし、そうした駅の利用実態に反して、駅舎はこぢんまりとし、しかも西口しかない。

駅の東側には企業・工業団地が広がっているものの、駅の東側へ出るには大きな跨線橋を渡らなければならない。もともと、駅東側には鳥栖機関区と操車場が広がっていた。機関区と操車場は、鳥栖駅が鉄道の要衝地であったことを物語るものだったが、旅客列車や貨物列車などが留置されていた広大な敷地は再開発によって消失。機関区・操車場が姿を消してから、すでに20年が経過した。当時の面影は、ほとんど残っていない。

  • 1935年から鳥栖機関区で活躍した230形蒸気機関車が駅東口に保存展示されている

残された古写真を見ると、機関区には転車台などがあり、多くの国鉄マンが働いていた。当然ながら、駅前は国鉄マンで大賑わいしていた。そうした光景は過去のものになったが、駅東口の片隅にはSLが保存されている。また、子供たち遊ぶ広場には、当時を伝える碑がひっそりと建立されている。

  • 鳥栖の発展は駅が開設されたことがきっかけ。その功績を後世に伝える「鳥栖停車場記念碑」は、駅東口に建立された

機関区・操車場の跡地には、鳥栖スタジアム(駅前不動産スタジアム)が竣工した。鳥栖スタジアムは地元サッカーチーム「サガン鳥栖」の本拠地でもあるため、試合開催日には佐賀県・福岡県などから多くのファンが集まる。小さな駅なので、その混雑ぶりは激しいものがあるようだ。

  • 機関区・操車場の跡地に竣工した鳥栖スタジアム(駅前不動産スタジアム)

  • 駅前の歩道は、サッカーボールを模したデザインが施されている

駅の東側は巨大なスタジアムが目を引くが、ほかにも公共施設がいくつかある。しかし、企業の事業所や工場が多いので、ラッシュ時間帯と試合開催日を除けば駅東側はどことなく寂しい雰囲気が漂う。

その一方、駅舎のある西側には繁華街が広がる。今般、地方都市は自動車社会が定着し、郊外のロードサイドに大型店が軒を連ねる光景が一般的になっている。しかし、鳥栖は地方都市ながら駅前にはいくつもの飲食店やホテル、個人商店が元気に営業を続けている。また、駅の目の前にあった日本専売公社の工場跡地は、再開発によって大型ショッピングセンター「フレスポ鳥栖」へと姿を変えた。

  • 鳥栖駅西口にある大規模商業施設「フレスポ鳥栖」

ショッピングセンターには広大な駐車場が併設されているため、週末には午前中から駅前で自動車渋滞が起きている。「フレスポ鳥栖」に隣接する中央公園は、小さな公園ながら、早朝にはジョギングや犬の散歩を楽しむ近隣住民が多い。

  • 中央公園。冬には「ハートライトフェスタ」というイルミネーションの祭典が行われる

駅前通りを西へと歩くと、10分ほどで体育館や市民プールがある市民公園が左手に見えてくる。公園の奥には市民球場がある。鳥栖市は広島東洋カープの緒方孝市監督の出身地であることから、球場の外壁には"緒方孝市選手 この地より飛翔"というメッセージが掲げられている。今季、広島東洋カープの監督を辞任した緒方監督だが、カープ人気の立役者であることは間違いない。鳥栖における緒方監督の人気が、市民公園からは垣間見られる。

  • 市民球場

市民公園から10分ほど西へ歩くと、新幹線の高架が見えてくる。そして、高架線をくぐると駅前のバスターミナルとともに新鳥栖駅が姿を現す。新鳥栖駅は、2011年の九州新幹線全通と同時に開業。新幹線と同時に在来線の駅も開設された。そのため、新鳥栖駅の周辺はまだ開発が本格化していない。

  • 九州新幹線と同時に開業した新鳥栖駅。駅舎は大きいが、周辺に大きな建物は見あたらない

いまだ鳥栖駅には多くの特急列車が発着しており、移動には不便を感じない。鳥栖市にとっても、玄関口になっているのはあくまでも鳥栖駅なのだ。新鳥栖駅は佐賀県外からの利用者、もっと言ってしまえば九州外からの利用者が多いのかもしれない。年を経るごとに新鳥栖駅の利用者は増えているから、駅周辺の開発はこれからだろう。期待は高まる。

鳥栖駅・新鳥栖駅の駅構内には、明治創業の立ち食いスタンド「中央軒」が営業している。中央軒の名物は、九州・山口地方で郷土の味になっている「かしわうどん」。福岡のうどんは、コシのあるさぬきうどんとは異なりツルっとした食感。「かしわうどん」は、やわらかな中太麺と鶏のそぼろが特徴。シンプルな味つけだが、鳥栖駅・新鳥栖駅に立ち寄る際には試したい逸品だ。

  • 「かしわうどん」。「中央軒」では麺類以外に「かしわめし」などの駅弁も購入することができる

小川裕夫

静岡市出身。行政誌編集者を経て、フリーランスライター・カメラマン。取材テーマは、旧内務省・旧鉄道省・総務省が所管する分野。最新刊は『ライバル駅格差』(イースト新書Q)