独立・開業には勇気がいります。そして人それぞれの理由があります。もちろん稼ぐことを目的に開業する人もいるでしょう。しかし、それ以上に「思い」を持ってビジネスに取り組まれている人が大勢おられます。ここではそんな人々にスポットを当てて、独立・開業への思いや、新しい人生の価値観などを伺っていきます。

今回は、京都市でウエディングドレス企画制作会社「株式会社ヴァルゴ」を運営する橋本カズエさんにお話を伺いました。

  • 橋本カズエさん

直感に導かれた先に、待っていた思わぬ涙

――長く縫製をされているとお聞きしましたが、そもそも開業しようと思われたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

橋本さん:ウェディングドレス縫製の仕事は35年になります。最初の出逢いは20歳のとき。散歩中にふと、縫製工場の窓からウェディングドレスを振り回している人の姿が見えた瞬間に「ここで働きたい!」と直感し、面接を受けたことが始まりでした。

でも、入ってみるとそこは憧れとはまったく違い、今の時代ではありえないくらい、とても厳しい修行世界でした。そこで7年間働き、技術は身についたものの、「早く辞めたい」といつも思っていましたね。

そんな中、結婚を機に退職しました。「やっとこの仕事から逃れられる」と思った矢先に、またなぜか別のウェディングドレスメーカー様とご縁ができて。今度は自宅で、子育てをしながら、内職として、18年間縫製を続けました。

ただ、この仕事は長時間労働で低賃金。だからこそ逆にそのストレスがきっかけで、働き方についても考えるようになりました。

――具体的にどんな状態が続いたのでしょうか。

橋本さん:家に引きこもっての孤独な仕事からのストレス、子育ての苦労や夫との不仲も重なりまして。メンタルが崩壊し、毎日泣きながらウェディングドレスを縫っていましたね。ただそこから「なんとか前向きになりたい」と心理学の本や心療内科にもお世話になり、「どうしても自分の人生を変えたい!」と真剣に、離婚と起業を考えるようになりました。

離婚と開業の同時スタート、前に進むしかない中で後押しとなったもの

――どちらも並行されたのですね。実際動き出されてみて大変なこともあったのではないでしょうか。

橋本さん:はい、やはりまず「家も仕事もすべて失う怖さ」ですよね。私の場合はなんのツテも計画もなく「やりたい! きっとできる!」という思いのままに、見切り発車して。仕事の契約をすべて打ち切ってのスタートだったので、まさに何の保障もなく不安でした。

ただ、開業は離婚を前提に考えていたので、収入の面からも「もう後戻りはできない!」 「人生をやり直して、子ども達に笑顔を見せたい!」との一心で開業届を出し、シングルマザーとして新生活と、ウェディングドレス工房「アトリエヴァルゴ」がスタートしました。

――その行動力に頭が下がります。物件はすぐに見つかったのでしょうか。

橋本さん:いえ、不動産屋に行っても収入がない私には、住むところもお店の物件も見つけられませんでした。そこでこれまでの家に、離婚後も住めるよう交渉して、自分で内装もリフォームし、ホームページも作って商売を始めることにしました。

そうして開業したのがアトリエヴァルゴで、そこから口コミで少しずつ、お客様が全国から来てくださるようになりましたね。

やめることを考えるたび、なぜかオファーが舞い込んだ

――それはうれしいことですよね。そこから現在まで続けてこられた思いや、やり甲斐はどのようなものでしょうか。

橋本さん:やはり、たくさんお越しいただけるようになって、持ち前の技術で仕上げられたウェディングドレスを皆さんがお召しになり、とても喜んでくださることです。

私は会社勤めをしたことがなく、最初は商売の仕方や実務的なことが何もわからなかったのですが、アトリエの設え、接客、ホームページなどの改善も日々重ねてこられたからか、クレームは今まで一度もありません。

それでも、さすがにコロナ渦では何度か閉業を考えたのですが。不思議とその度に、なぜか引き戻されるようなことが起こりました。急に大きなオファーがいくつも舞い込んだり、ネパールにドレス縫製レッスンのボランティアに行く流れになったり……。こうなるともう、「ウェディングドレスの仕事は私の宿命」なのだと、あらためて確信できるようにもなりましたね。

導かれた天命、そして技術だけでなくこころの縫製も大切に

――まさにお役目なのでしょうね。今後の展望もぜひお聞かせください。

橋本さん:まず2022年に念願だった「洋裁教室」を開講しました。これまで培ってきた、手早く縫えてキレイに見える方法「橋本流」をお伝えしながら、気軽に楽しく、自分の好きな作品を作る教室を今後も育てていきたいと考えています。また「ウェディングドレスを自分で作りたい人のためのレッスン」もさせていただき。今後も、さまざまな可能性を展開させていきたいですね。

私は、何をするにも「心」が一番大切だと感じています。それは、自分の心が長い間苦しかったからなのですが。心理学の学びも生かしながら、ただ技術を教えるだけでなく、ご縁ある皆さんと一緒にお話をする中で、ふと心が落ち着き、これからの希望が湧くような、そんな「人生が豊かになれる場作り」もさらに心がけていきたいです。

お陰様で、工房は開業10周年を超えたのち、法人化して「株式会社ヴァルゴ」になりました。これからも、ドレスに関わることはなんでもお任せいただける会社に育ててまいります。

――それはおめでとうございます。最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。

橋本さん:以前の私は「どうせ私なんて……」という心理状態で、まさか自分が独立開業できるなんて、夢にも思っていませんでした。ただ、切羽詰まった状況が逆に転機と原動力にもなったのかと思います。

もし「やりたい」「できるかも!」と思うことがあれば、ぜひ迷うよりもまず行動を。その瞬間にできることを考え、動いてみることが大切なように感じています。どんな状況でも、あなたがチャレンジすることはきっと周りにも自分自身にも勇気を与えてくれると思いますよ。