独立・開業には勇気がいります。そして人それぞれの理由があります。もちろん稼ぐことを目的に開業する人もいるでしょう。しかし、それ以上に「思い」を持ってビジネスに取り組まれている人が大勢おられます。ここではそんな人々にスポットを当てて、独立・開業への思いや、新しい人生の価値観などを伺っていきます。

第28回は、美容師31年のキャリアを活かし、発達障がい者や高齢者向けの訪問サービスとして、キャンピングカー移動美容室「〜sora〜」を開業した、渡辺そらさんにお話を伺いました。

  • 渡辺そらさん

シェルターから見知らぬ土地へ-素敵な縁から一人サロンをオープン

――さまざまな資格と経歴をお持ちだと伺いました。

渡辺さん:美容師のほかに着付け師41年、アイリスト14年、サロン独立開業12年、さらにフォトグラファーとしても4年目になります。2020年1月にはアラブ首長国連邦首相官邸にてオリジナル着付『きものdeどれす®︎』を披露する機会をいただいたり、2022年9月にはパリコレ『bottom'all』でヘアメイクにも携わりました。

――今年は『発達凸凹さんヘアカット』ポータルサイトの立ち上げ、さらに移動美容室車両を作って、発達障がいの方や高齢者の方に向けた訪問サービスも開始されましたね。

渡辺さん:もともと大手美容グループで10年間勤務しまして、そこで知り合った男性と結婚してから、グループの店舗を夫婦で任されました。その後、スタッフとともに独立して、夫婦で9年間、サロンを経営しました。ただ、DVなどが原因で、結婚12年でシェルターに入ることを決断し、縁もゆかりもない土地で、ランドセルだけ背負った子供と4人で暮らすことになりました。

そうして新たに住んだアパートの下の階で、大家さんであるおばあちゃんが床屋を経営していたのですが、一年後に亡くなられ、大家が息子さんに代わったときに、美容師である私に店舗を貸すと声をかけてくださったのです。そんな素敵なご縁から、まずは1人でサロンをオープンすることになりました。

マイナスのスタートから、オリジナルの着付けをするまでに

――大変なご経験を乗り越えられての開業だったのですね。開業後のお店はいかがでしたか?

渡辺さん:シェルターに入ったのが2008年、お金もないまま2010年に開業を決めました。知らない土地へ移り住んで2年しか経っておらず、新しいママ友しか知り合いがいませんでしたので、集客も大変で、mixiやアメブロを使って集客を始めました。また、今とは違ってレジも有料のものしかなく、ポスレジやクラウドのカルテ機能を契約してしまい、500万円の借金を抱えてのスタートでした。

――当時は、今ほど無料で使えるツールなどはありませんでしたしね。ないない尽くしのスタートから、現在のご活躍までにはどんなことがあったのでしょうか。

渡辺さん:その後は多くの方々に支えられ、少しずつ売り上げも伸びていきました。5年前からはボランティアで、児童養護施設やチャリティーカットといった福祉活動にも参加できるようになりました。今は「女性は誰もが一生プリンセス」と言う想いで活動をしています。

7歳の七五三の時から着物に魅了され、美容師の道を進んできたのですが、もっと多くの人に着物を楽しんでもらいたいと思い、4年前からオリジナルの着付けを始めました。それは着物にハサミを入れずにドレス風着付けをする方法で、「きものdeどれすⓇ」として広めています。車椅子の方や高齢者の方にも喜んでいただき、元気をなくした方が美容の力で笑顔を取り戻されることが本当に嬉しく、やり甲斐になっています。カメラの猛勉強もして、今ではその方たちの笑顔を写真に収めることもしています。

「発達凸凹さんヘアカット」-移動美容車両でどこへでも駆けつけたい

――素敵な取り組みをしておられるのですね。また、発達障がいの方のヘアカットに向けて専用サイトも立ち上げられたと伺いました。

渡辺さん:私は4年前から発達障がいの方も受け入れてカットをしていますが、一般的な美容室では、まだまだ発達障がいの方の受け入れを断ってしまう現状があります。そうしたことでお困りの方や保護者の方のために、「ヘアカットをして欲しい発達障がいの方」と「発達障がいの方のヘアカットを受け入れる美容師」を結びつけるサイトとして、非営利団体NPO法人セルフの安永と共に『発達凸凹さんヘアカット』というサイトをオープンしました。一人でも多くの困っている方の助けになれたらと思っています。

また、発達障がいのお子さんの中には、人見知りや、初めてのところが苦手などの理由で、写真スタジオで記念撮影を撮ることをあきらめている親御さんも少なくありません。ですから、ご自宅近くの慣れた公園や、お庭など好きな場所で自然な笑顔の写真が撮れたら……と、どこでもヘアメイクや着付けができるよう「移動美容室車両」としてキャンピングカーを購入しました。この車で全国の発達障がいのお子さんのもとに行きたいと考えています。

また、長寿や金婚式のお祝いなどで、思い出の土地でのヘアメイクや、着付けや撮影をしに、どこへでも駆けつけたい。素敵なロケーションでのウェディングフォト撮影も、車両さえあれば、着替えや着付けなどの支度は可能です。また美容の技術にこだわらずに子供たちが自然な笑顔になれる、「ペイントフォト (海外ではすでに定着している、お互いの顔や洋服にペイントしあって楽しむ) 」という撮影も行なっています。

さらに、昨年パリコレでショーに携わった経験から、今年はニューヨークコレクションにチャレンジし、来年は美容業界主催でパリコレのステージを行ないたい、これが少しでも、美容業界の離職率を下げることに繋がればと考えています。

――最後に読者の皆さんにメッセージをお願いいたします。

渡辺さん:人は、いつもより少しでも美しく変わったと思った瞬間に、自分を好きになり、笑顔になります。小さなお子さん、高齢の方、認知症の方も同じです。そして家族やパートナーなど周りの人たちも、その笑顔を見て幸せになります。元気のなかった人も笑顔になれるので、記念日撮影だけでなく美容室やエステ、ネイルなど、「美しく変身できる美容体験を贈る」ことを、プレゼントの選択肢のひとつにしていただければ幸いです。