2010年はAKB48の年だった。不動のエース・前田敦子を大島優子が人気投票で破った第2回選抜総選挙は「事件」としてマスコミに大々的に報じられ、世間を巻き込んだ本格的なブレイクを実現した。AKB48という巨大な磁場が生まれた結果、アイドル・シーンは近年稀に見る活況を呈している。いま、アイドルが面白い。

「ひとり勝ち」AKB48を巡る論考

2010年6月9日に行われた「AKB48総選挙」でトップの座を射止めた大島優子

そもそも何故、AKB48はここまで大躍進を遂げることが出来たのか。経済学者の田中秀臣(*1)は、不況の暗い世相に高まる「萌え」「癒し」ニーズを背景に、嫌消費世代のデフレカルチャーとして徹底的にマーケティングされているというビジネスモデル的な側面を高く評価し、「AKB48は若い世代にとって高嶺の花である『ルイ・ヴィトン』や『シャネル』ではなく、簡単に手が届く『ユニクロ』『H&M』だった」と述べている。このように経済文脈で分析され、語られること自体に、AKB48というブランドの特異性が見られる。

また、批評家の宇野常寛(*2)は、「AKB48のメンバーたちのキャラクターそれ自体が、消費者たちが作り上げるファンコミュニティによって醸成された側面が強い」という点に着目。インターネットの普及によってファンコミュニティ間におけるコミュニケーションの質と量が飛躍的に増大したために、「会いにいけるアイドル」であるAKB48の各メンバーの魅力がファン自身によって発見・共有されることが可能となり、それを送り手側が二次創作的に調理して燃料=ネタ(コミュニケーションの素材)として投下する、そうした循環的なキャラクター生成システムが確立していると分析する。その上で、この構造が日本を代表するキャラクター産業=ガンダムと共通していると喝破しており、AKB48ブームは連綿と続く日本的想像力の極めて現代的な発露である、という事実に気づかされる。

かつて「機動戦士ガンダム」は瞬く間にロボットアニメの歴史を塗り替え、「太陽系戦隊ガルダン」や「モビルフォース ガンガル」といった便乗キャラクターを多数発生させた。パチものはブームのバロメーターだ。そう考えると、年増女性を48人揃えたTSM48(としまえんの広告キャラクター)やドクター中松のお面を被ったDNG48(ドクター中松ガールズ)といった便乗ユニットを次々と生み出しているAKB48も、ガンダム級のロングヒットになる可能性を秘めていると言っても過言ではない。

2011年以降も、暫くはAKB48を中心にアイドル界は廻るはずだ。

群雄割拠の「アイドル戦国時代」の到来

7組69人のアイドルが一同に会した『MUSIC JAPAN』(2010年5月30日OA)

AKB48がファン層を拡大した結果、2010年はかつてないほどに多くのグループアイドルが頭角を現し、AKB48の首を虎視眈々と狙い始めた。好事家たちはいつしかこれを「アイドル戦国時代」と呼ぶようになった。

活字プロレス的にアイドル・シーンに向き合うスクープ誌『BUBKA』(*3)は、2010年のグループアイドル・ブームを総括する特集記事の中で、アイドル戦国時代が開戦したのは2010年5月30日の『MUSIC JAPAN』(NHK総合)だったと報告している。モーニング娘。、AKB48、アイドリング!!!、スマイレージ、東京女子流、バニラビーンズ、ももいろクローバー。この7組59人が集結した緊張感のある大舞台で、視聴者の心を最も掴んだのが、スポーティな全力パフォーマンスを見せたももいろクローバーだったという。

戦国時代と言うからには、これを単なる「お祭り」ではなく「戦い」「試合」と認識して参戦するギラギラしたグループこそが生き残る。そうした立場から、『BUBKA』はももいろクローバーを高く評価している。他にはSKE48、そして先頃レコード大賞最優秀新人賞を獲得したスマイレージにも期待を寄せており、2011年はこの3組を中心とした「直接対決の場」の開催を呼びかけている。もしこうした場が増えていけば、勝負論を好む格闘技ファンやプロレスファンを吸収してアイドル市場はさらに拡大することだろう。

個人的には、メタルバンドでありながら自らの意思でライブ後に握手会を毎回開催するというアイドル的なサービスを行い、コアなアイドルファンをも獲得している、全員アゲ嬢ファッションの美形バンド、アルディアスの参戦によるアイドル異種格闘技戦的な展開にも期待したい。

ローコンテクストならではの完成度を誇るK-POPアイドル

KARA

アイドル戦国時代の中で異彩を放っているのが、少女時代とKARAに代表される K-POPアイドル勢だ。彼女たちがこれほどの大成功をおさめるとは、一昨年の時点では誰も予想できなかったはずだ。

K-POPアイドルの初期のファン層は、もともと東方神起などを支持していた韓流好きの女性層であるとされる。そのため、現在でもメインターゲットは女性だ。萌え重視・キャラクター重視のAKB48的なJ-POPアイドルとは異なり、楽曲的にもパフォーマンス的にもビジュアル的にも、女性が見てカッコイイと思える「作りこまれた」完成度を誇るため、以前であればMAXあたりが占めた「憧れる女性」ポジションを結果的に獲得していると言える。

ライター/リサーチャーの松谷創一郎(*4)は、K-POPに代表される韓国のコンテンツは、国内人口が少ないために最初から海外マーケットを視野に入れて開発されるため、コンテクスト(物語)を共有しない人でも楽しめるように単体としての完成度を高める傾向がある、と分析している。だとしたら、少女時代のような国境を容易に超えるローコンテクストなアイドルと、背景情報を共有した上で楽しむAKB48のようなハイコンテクストなアイドルは、本来であれば単純に完成度の優劣だけで比較するべきではないのかもしれない。

いずれにしても、K-POPアイドルは既に女性層のみならずオヤジ層にも浸透し始めており、2010年の忘年会ではコスプレして少女時代を歌う中年サラリーマンの姿が数多く目撃されている。(東方神起が巻き込まれたトラブルを意識してか)音楽以外の芸能活動を現在のところ自主規制気味にセーブしていると思われるK-POPアイドル勢が、オヤジ向け週刊誌や青年マンガ誌のグラビア活動を2011年以降に本格化させたら、その勢いはさらに増し、AKB48とのファンの奪い合いが始まると予想される。

グラビアアイドル界の解体と再編成

今後は歌や演技を中心に活動していくという滝沢乃南

AKB48旋風の余波を最も強く受けたのがグラビアアイドルだ。いまや雑誌のグラビア誌面はAKB48勢の寡占状態で、グラビアアイドルの姿を見る機会は激減してしまった。杉本有美ほどの逸材ですら十分な誌面を与えられないのだから、事態は深刻だ。

AKB48には巨乳キャラが少ないために、根強い巨乳ニーズに応えるグラビアアイドルは今後も存続はするだろう。しかし、例えば『週刊プレイボーイ』(*5)の年末巨乳特集で言及される巨乳とは、もはやグラビアアイドルに限定されるものでは無く、一般の女優やスポーツ選手、果てはW杯パラグアイサポーターやフーターズ店員と幅広い。巨乳という武器ですら、もうグラビアアイドルの存在意義の確実性を保証したりはしないのだ。

そうした中で発表された滝沢乃南のグラビア引退は、グラビアアイドルという存在の終焉を象徴的に感じさせた。彼女が約10年前にデビューした頃は、ちょうどグラビアアイドル全盛期。乙葉や優香、酒井若菜といった童顔巨乳勢の勢いがピークの頃で、滝沢乃南はその本流に位置するホープとして登場。それ以来、中小事務所に所属しているが故にテレビにほとんど出ることがなく、だからこそバラエティー番組で安易に消費されずに誌面で地道に輝き続けてきた。ある意味で最もグラビアアイドルらしいグラビアアイドルだったといえる。そんな彼女がグラビアに見切りをつけることで、グラビア黄金時代のDNAは一度リセットされると考えた方が良さそうだ。

1月7日放送スタートのアニメ『GOSICK-ゴシック-』(テレビ東京系)では、主題歌を担当するなど活躍の場を広げている吉木りさ

しかし見方を変えれば、巨乳の"粗製濫造"、バラエティー番組での露悪的トーク、高齢化の進行、AVへの人材流出などによって自壊しつつあったグラビアアイドル界にとって、AKB48旋風は浄化・新陳代謝を早める神風となったと考えることも出来る。原幹恵や、西田麻衣、佐山彩香といった「本物」以外はふるい落とされ、少数精鋭のシーンへと再編成されつつあるのだから。

中でも注目すべきは、2010年に大躍進を遂げた吉木りさだ。『キャンパスナイトフジ』にレギュラー出演する女子大生タレントとして頭角を現し、その後発売したDVDはすべて大ヒット。瞬く間にトップグラビアアイドルとなり、数多くの雑誌の表紙を飾り始めている。女子アナのように上品でキュートなルックスと、着エロと見紛うばかりの大胆な水着姿。この「上品なのにエロい」絶妙なハイブリッド性こそが彼女の最大の魅力だ。グラビア界に「品格」を取り戻した彼女の功績は大きい。

吉木りさは、かつての「童顔巨乳」とは異なる、「品乳美人」とでも言うべきグラビアの新しい潮流を生み出す可能性を秘めている。杉本有美は吉木りさと共闘するべきだろう。

進化する日本アイドル文化

AKB48という強力な磁場は、周辺文化を巻き込んだ大きなうねりとなって、日本のアイドル文化を次のステージに進化させようとしているように見える。ファンやアイドル評論家、コラムニストだけでなく、経済学者やマーケター、精神科医に至るまで、幅広いジャンルのエキスパートがアイドルについて語り始めたのは象徴的だ。今後は声優アイドルや「ラブプラス」のような恋愛ゲーム、初音ミクに代表されるSNS的バーチャルアイドルなどもこの大きなうねりに加われば、日本ならではのガラパゴス的なアイドル文化が生成・強化されることになるだろう。そのとき、アイドルについて考えることは日本そのものについて考えることと同義になる。だからいま、アイドルが面白い。

(*1)『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)

(*2)『政治と文学の再設定』(RENZABURO)

(*3)『アイドル戦国時代 同時進行ドキュメント』(BUBKA2011年2月号)

(*4)『AKB48と少女時代の違い、またはJリーグと海外サッカーの違い』( http://togetter.com/li/82694)

(*5)『週プレ山ボイン寺 ゆく乳くる乳』(週刊プレイボーイ 2011年1月3-10日号)

真実一郎

サラリーマン、ブロガー。『SPA!』(扶桑社刊)、『モバイルブロス』(東京ニュース通信社)などで世相を分析するコラムを連載。アイドルに関しても造詣が深く、リア・ディゾンに「グラビア界の黒船」というキャッチコピーを与えたことでも知られる。著書に『サラリーマン漫画の戦後史』(洋泉社刊)がある。ブログ「インサイター