世はまさに空前の美人ブーム。「美人時計」や「美女暦」といったウェブサービス、「美少女図鑑」のようなフリーペーパーに加え、最近では美人タレントを一挙6人起用したサントリー「ジョッキ のみごたえ辛口<生>」の広告も話題になっている。一見我が世の春を謳歌しているように見える美人たち。しかしそんな彼女たちだって、男の知らないところで葛藤している。そんなことを教えてくれるのが、話題の漫画『モテキ』に登場するヒロインのひとり、土井亜紀だ。

『モテキ』第3巻(講談社刊 630円)
※表紙の女性はコラムに登場する土井亜紀

土井亜紀は、料理上手で事務作業もテキパキこなし、いろんな相手に愛想よく合わせられる、一見地味で実はかなり美人な27歳。そんな彼女に向かって、主人公の藤本幸世(30歳・"半童貞")は劣等感に苛まれながらこう言い放つ。

「俺も美人に生まれたかった。もし美人に生まれたらさー、いろんな男とバンバンやりまくってさー。そん中で一番才能あって金稼いでるけど浮気しなさそうな、ちょっとパッとしない男と結婚してさー。自慢の美人妻としてダンナ支えて子供産んでさー。美人の遺伝子と天才の遺伝子組み合わせりゃ最強だよなー。いいよなーそんな人生」

藤本と同じような美人観を抱いている殿方も、たぶん少なくないだろう。美人であればなんの苦労もなく恋愛経験を重ねてきているはず、と大抵の男は思っている。そんな男たちの一方的な幻想を押し付けられて、土井亜紀はこう独りごちる。

「今までの男は私に勝手に期待して勝手に失望して、必ず男のほうから「別れよう」って言われてきたわ。そして自分が自信を持てる女に落ち着く。私だって自信ないのよ? 言わなきゃ気付かないの?」……「藤本君もオム先生も私の中に踏み込んでこないじゃん。私の事、怖がんないでよ…」

男の美人幻想と生身の自分とのギャップに悩む、この土井亜紀のリアリティは、男に都合よく描かれ続けてきた少年漫画・青年漫画のヒロインには無かったものだ。土井亜紀を知ってしまったら、もうご褒美にホッペにチューしてくれるようなヒロインは空っぽに思えて愛せなくなる。美人を見る目が変わる。

『モテキ』は「草食男子漫画」という同時代的な流行り文句で紹介されがちだけれど、実際は土井亜紀を始めとした女性の側の心理も深く掘り下げられた、山田太一ドラマを彷彿させる普遍的な青春群像劇だ。山田太一は代表作『ふぞろいの林檎たち』で、出演者の実体験を生かすことでリアリティ溢れるドラマを作り上げた。『モテキ』も作者である久保ミツロウ(女性)の実体験を参考に描かれているので、創作の方法論も近いものがある。そういえば土井亜紀は『ふぞろいの林檎たち』のテキパキ美人、陽子(手塚理美)にどことなく似ている。それくらい魅力的だ。

真実一郎(しんじつ いちろう)

サラリーマン、ブロガー。ケータイサイト『モバイルブロス』、雑誌『Invitation』などで世相を分析するコラムを連載。アイドルに関しても造詣が深く、リア・ディゾンに「グラビア界の黒船」というキャッチコピーを与えたことでも知られる。ブログ「インサイター