連載コラム『知らないと損をする「お金と法律」の話』では、アディーレ法律事務所の法律専門家が、具体的な相談事例をもとに、「お金」が絡む法的問題について解説します。


【相談内容】
母親が数年前に亡くなって、父親も先日95歳で亡くなりました。親が住んでいた家と土地、銀行口座内の貯金などは兄弟3人で相続するつもりで、誰が何を相続するか話し合っていた矢先、父親に莫大な借金がある事が分かりました。相続する場合は、借金も払わなければならないのでしょうか? 遺産を分けるのであれば、借金も分けて支払えるのでしょうか。

【プロからの回答です】

相続する場合は、家や土地、貯金などをもらうことができますが、一方で残された借金も支払わねばなりません。相続人同士の話し合いで、借金の負担を決めた場合はこれにしたがいます。話合いでなく法律の定めどおりに相続する場合は、原則として、財産も借金も相続分に応じて相続することになりますので、今回のケースでは、3人のお子さんでそれぞれ3等分することになります。

「相続」と聞くと、親の遺産がもらえる、というイメージがあるかもしれません。しかし、相続というのは亡くなられた方が所有していたプラスの財産のほか、借金のようなマイナスの財産も全て引き継ぐ制度です。ですので、残したプラスの財産よりも、マイナスの借金の方が大きい場合は、財産をもらえるどころか、借金を背負うハメになることもあるわけです。

遺産相続の方法は、遺言や遺産分割協議で決めることができます。これらの方式をとらない場合は、法律の定めた相続分にしたがって、故人の財産や負債を分けることになります。相続人がお子さんしかいない場合には、お子さんの頭数で割ることになるので、今回のケースでは、3分の1ずつとなります。

相続をする場合には、プラスの財産だけ引き継ぐという都合のよい制度はない

相続をする場合には、プラスの財産だけ引き継ぐという都合のよい制度はありません。相続人がとりうる方法は以下の3つとなります。

  • (1)単純承認=家・土地・貯金等の権利や借金等の義務をすべて受け継ぐ方法

  • (2)相続放棄=権利や義務を一切受け継がない方法

  • (3)限定承認=残されたプラスの財産の限度で借金等の負担を受け継ぐ方法

プラスの財産>マイナスの財産の場合には「単純承認」、プラスの財産<マイナスの財産の場合には「相続放棄」をするのが一般的です。

遺産相続で親族同士がもめる…というトラブルは誰にでも起こりうることです。どんなに仲の良かった兄弟であっても、親の遺産をめぐる争いとなると「骨肉の争い」となります。泥沼の争いの結果、生涯仲違いしてしまうという話は後を絶ちません。

「泥沼の争い」を防ぐためには、「遺言をどう残すか」が大きなポイント

このような「泥沼の争い」を防ぐためには、「遺言をどう残すか」が大きなポイントとなります。

遺産相続でよくもめるケースは、自分に不利な遺言が残っていた場合に、「親父がそんな遺言書くわけがない。無理やりお前が書かせたんだろ」となじり合うケースです。故人はすでに亡くなっているので、その真意を明らかにすることはできません。

こういった争いを未然に防ぐには、やはり「生前の話し合い」が一番大切です。生前に死後の話をするのは気が引ける…というのも当然ですが、他界した後に、大切な家族がもめることは故人にとっても哀しいことでしょう。ですので、あえて「皆の相続分をどうするか」を生前に決めておき、これを遺言として残しておくことが、相続トラブルを防ぐ最もよい方法といえそうです。

あとは、遺言とは別に、遺言の理由を記載した手紙を残しておくことも有益です。残された相続人としては、「なぜ次女だけがいい思いを!」などと感じたりするものですが、手紙に「あのとき次女がこんな風に助けてくれた」等の記載があれば、「そうだったのか」と他の相続人の理解に役立つことが期待できます。

「権利も相続しないけれど義務も相続しない」という相続放棄という制度

「故人に莫大な借金があった」等の場合に、相続人がいきなり借金を背負わされるのはやはり酷ですね。債権者の方には申し訳ないのですが、このような場合に、「相続人が急な借金で苦しまない」ように、法律上は、「権利も相続しないけれど義務も相続しない」という相続放棄という制度が認められています。

気をつけねばならないのは、相続放棄ができる期間は、「相続開始を知ってから3カ月」であるということです。故人のご葬儀や四十九日法要などで忙しくしているうちに、3カ月などあっという間に過ぎてしまうものです。ですので、可能であれば生前から故人の負債状況は把握しておき、これが無理だった場合でも、少なくとも個人の逝去後1カ月以内には、個人の財産状況を確認調査すべきです。

ただ、いかなる場合でも3カ月以降は放棄が認められないか…というとそうとも言い切れません。例えば、故人が連帯保証人だったような場合は、主債務者の返済が滞って初めて請求が来ますので、どんなに調査しても判明しなかったということもありえます。

相続によって得た財産の限度で個人の借金等の債務の負担を受け継ぐ「限定承認」

したがって、裁判所としては、「調査しても判明困難だった借金が後から判明した場合」には3カ月経過後の放棄も認める運用をしています。ただ、後から判明した借金が全て放棄できるということではなく、あくまで、しっかり調査したということが前提となりますので、故人の逝去後なるべく早くに負債を把握することはとても重要です。

故人の財産や借金などの債務がどの程度あるか不明であり、財産が残る可能性もあるような場合、「財産が残るのであれば相続したいけれど、借金が残るのであれば引き継ぎたくない」と思うのは当然ですね。このような場合、相続によって得た財産の限度で個人の借金等の債務の負担を受け継ぐ方法があります。これが、限定承認という方法です。

この方法をとると、例えば、「調査の結果800万円の資産があったけれど、1,000万円の借金があった」というような場合、相続人は相続した資産の範囲内で借金を返済すればよいとされるので、資産の800万円を返済にあて、残りの200万円は支払わなくてもよいことになります。逆に、「調査の結果1,000万円の資産があり800万円の借金もあった」というケースであれば上回った資産200万円を相続することができることになります。

ただ、限定承認については、相続人のうちの一人が「限定承認したい」というだけではだめで、共同相続人全員で行う必要があります。なお、相続放棄をした相続人ははじめから相続人ではなかったという扱いになりますので、共同相続人に含まれません。限定承認をすると、法律の手続きに従い、返済や換価などの清算手続を行い、財産が残るようであればこれを相続することになります。この限定承認も「相続開始を知ってから3カ月」と期間が短いので注意が必要です。

借金が膨大で、払える余地がないということであれば相続放棄するほかない

今回も、家や土地、貯金等の資産がある一方で、莫大な借金もあったというケースです。なので、3つの手続きのうちいずれを選択するか悩ましいところです。仮に単純承認をするのであれば、法定どおりであれば、資産も借金も3等分することになります。家や土地も3分の1ずつの持ち分、借金も3分の1ずつ返すということです。ただ、今回は、家や土地があるので、家や土地は誰か一人が引き継ぐ、というのが現実的でしょう。ですので、遺産分割協議によって「誰がどの遺産を引き継ぎ、借金の返済を誰がどれだけ負担するか」を話し合いで決定するのが好ましいでしょう。

仮に借金が相当膨大で、払える余地がないということであれば、やはり相続放棄をするほかないと思われます。家や土地・貯金なども引き継ぐことはできなくなってしまいますが、借金が残っている以上は、やむを得ないところです。

事例

どんなに仲の良かった兄弟姉妹でも、故人が逝去した後に相当な遺産があるような場合、泥沼の争いになることも多いです。

(1)遺言を無理やり書かせたと争った事例

87歳の女性が、「全ての財産を妹に相続させる」と遺言を遺した事例です。女性の養子であった子供2人が、「お母さんは当時、痴ほう症で、遺言を書く能力などなかった。叔母さんが無理に作成させたものだ」といって、遺言の効力を争いました。養子の2人は長年女性と同居し、女性の介護にあたっており、また、女性は当時痴ほう症の症状があったことから、「遺言は無効」と判断されました。

(2)介護をしていたのは自分だから多くの相続分をもらえるべきだと争った事例

よくあるトラブルですが、「介護に尽くしていたのは自分だ」と主張し、より多くの相続分を自分が受け取るべきだと争うケースです。法律上は、故人の遺産の形成維持に相応の貢献をしたという場合には、「寄与分」といって、相続分を多くもらうことができます。しかし、「介護をしていた」という事情のみを持って遺産の形成維持に尽くしたと評価するのはなかなか難しいところです。

過去の裁判例では、故人を自宅で介護し続けた相続人につき、遺産建物の補修費関係の支出や、農業を手伝って農作収入増加に寄与したことを挙げて、遺産総額の15パーセントを寄与分として認めたものがあります。こういった事情があれば、遺産の形成維持に寄与したことになりますが、実際には、寄与分の判断や割合を主張するのはなかなかに難しいことが多いです。こういった事情から、「介護をした者」とそれ以外の相続人との間で、「寄与分」をめぐって、なじりあいの争いになることが多いです。

「将来のもめごとを防ぐ」意味で、生前に相続問題を話し合っておくことが大切

遺産相続のトラブルは、誰にでも起こりうることです。生前に、亡くなった後のお金の話をするのは、なかなかやりづらいことかもしれません。しかし、遺産相続トラブルは、往々にして熾烈な争いとなり、場合によっては「一生縁を切る」という関係に至ってしまうことも少なくありません。話しづらいことであっても、やはり「将来のもめごとを防ぐ」という意味で、生前に相続問題を話し合っておくことは大切です。

借金についても、判明しづらい借金が残っていると、相続人に思わぬ不幸を与えかねません。可能であれば、借金の内容もしっかりと生前に伝えておくことが望ましいですね。相続放棄や限定承認の期間は、思った以上に短い期間ですので、相続の方針も前もって共同相続人間で共有しておくと、慌てずに済みそうですね。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

<著者プロフィール>

篠田 恵里香(しのだ えりか)

東京弁護士会所属。東京を拠点に活動。債務整理をはじめ、男女トラブル、交通事故問題などを得意分野として多く扱う。また、離婚等に関する豊富な知識を持つことを証明する夫婦カウンセラー(JADP認定)の資格も保有している。外資系ホテル勤務を経て、新司法試験に合格した経験から、独自に考案した勉強法をまとめた『ふつうのOLだった私が2年で弁護士になれた夢がかなう勉強法』(あさ出版)が発売中。『Kis-My-Ft2 presentsOLくらぶ』(テレビ朝日)や『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB』(文化放送)ほか、多数のメディア番組に出演中。 ブログ「弁護士篠田恵里香の弁護道