地方出身者が地元の料理を食べたくなったら駆け込める、同郷の人との触れ合いに飢えたときに癒してくれる、そんな東京にある"地方のお店"を紹介していくこの企画。コロナ禍の昨今、せめておいしい地方の物を食べて各地を旅行した気持ちになりたい! という他県のあなたも必見です。
少し涼しくなって秋っぽいねと痩せ我慢していたところに、一段と寒くなったもので風邪をひいたという方も多いかと思います。ご自愛ください。
一人暮らしだと薬を常備していることもあまりなく、しんどいのに薬局まで行くというのは、それまた輪にかけてしんどいものです。こんな時は、補充してくれて使った分だけ請求してくれる置き薬というのは非常に便利ですね。
置き薬というと、富山県が発祥なんだそう。そんなわけで、今回のテーマは富山県としましょう。
「昆布」の七変化に驚きが隠せない!
日本海に面し能登半島の付け根の東側にある県、富山。何となく問答無用で魚がうまそうだなとイメージしますが、統計局家計調査(2019年)によると、刺し身の盛り合わせの購入数量と、昆布の消費額が全国一高い県なんだそうです。
しかも、昆布は50年連続で1位。その消費量は全国平均の倍くらいで、主食が昆布なんじゃなかろうかと思うほど。いざ、めくるめく昆布ワールドへ……! ということで東京・新橋にある燻製と富山の酒肴を扱う居酒屋「いろり村」さんを訪ねました。
さすが新橋です。夕方まだ暗くなる前からちらほら営業し出している飲み屋さんがあり、すでにスタートダッシュをキメている方々もちらほら。一方で、仕事の電話をしながら足早に去っていくビジネスマンの姿も多く、喫茶店はラックトップを開いて仕事をしている人たちで賑わっています。この街のこういう活気あるところがとても好きです。
駅からマッカーサー道路のほうに歩いて、古めのビルを2階に上がると「いろり村」さんに到着します。カウンターがメインの店内で、奥にテーブル席。ご店主の趣味なのかレコードや書籍などがズラリと並んでいる一角があり、どこか秘密基地に迷い込んだような雰囲気です。
さて1品目から早くも昆布が姿を現します。富山県民のソウルフード「昆布巻きかまぼこ」(500円)の登場です。
かまぼこというと板に乗っているアレを思い浮かべますが、富山のかまぼこは昆布で巻いて成形しているので板がなく、伊達巻みたいな感じ。プリプリしたかまぼこと昆布のモチモチした少し強めの歯ごたえを同時に楽しむことができます。
これはユニーク。なんでも北前船の中継地だった富山では昆布を取り入れた料理が数多くあり、ありふれたかまぼこですら、独自の進化を遂げたということらしいです。どうでもいい疑問なんですが、富山では「板わさ」はメニュー上どうなるんですかね……。
続いて、2品目「刺し身昆布〆(サス)」(800円)の登場です。
やはり昆布。「サス」とはカジキマグロのことらしいんですが、どうも様子がおかしい。魚の身の部分と、昆布の部分がくっついて板のようになっています。かじりついてみると、魚の身と思えないほどの弾力、不思議な食感です。それを咀嚼するほどうま味が口の中に溢れてきます。
目を閉じて、噛めば噛むほど幸せが口の中に……ずっとクニクニしていたい! ご店主曰く、こちらでよく食べる昆布締めより昆布に挟み込んでいる時間が長いので、昆布のうま味がしっかり移り、水分が抜けてこのような歯ごたえになるのだそう。
自分が昆布締め好きと思う人は一度食べたほうがいいです。パラメーターうま味に極振りしすぎてカンストしてますわよ、これ!
モチモチとコシのある「氷見うどん」も必食
昆布もおいしいけど一休み。「氷見うどん(ざるうどん)」(900円)でインターバルです。
僕は知らなかったんですが、氷見うどんって日本5大うどんに数えられることもある有名なものなんだそう。打った生地を包丁で切る「手打ち」ではなく、「いろり村」さんで使っているうどんは生地を引きのばして作る「手延べ」だそうです。
麺はモチモチとしたコシの強さがありながら、細くのど越しがとても滑らか。うどんって麺が太い細いと、コシの強い弱いくらいでしか認識してなかったんですが、世界が広がりました。うまいぞ手延べうどん。
そして当然昆布へリターン。「とろろ昆布おにぎり」(600円)です。見た目はなんかおにぎりというより、新手の"おはぎ"みたいですね。
梅干しを崩して混ぜたごはんで作ったおにぎりに、削ったとろろ昆布がまぶされています。海苔でなく、ナチュラルにとろろ昆布を代用してくるあたり、如何に富山の人が昆布を愛しているかが伺い知れますね。
味は、かまぼこや昆布締めとは違い、昆布の香りがフワリと口の中で優しく広がる。そして梅干しと昆布の持つ酸味がマッチして爽やかに口の中をリセットしてくれます。これほどバリエーション豊かに昆布を楽しむことができるものなんですね。恐れ入りました。
おいしい肴には、ここでしか飲めない特別なお酒を
ところで富山といえば、日本有数の清酒消費量を誇る県でもあります。中でも「いろり村」さんで扱っている「吉乃友」は、東京で飲めるのは「いろり村」さんだけというレア度の高い品。
ご店主の実家では、子どものころから常にストックされていたお酒だそうで、おじいさんの代から3代飲み継ぐ、ご家庭の味なんですって。
一口飲んでみると、やはり地の物と相性ばっちり。うま味強めの魚に負けない味わいです。それでいてスルスルといくらでも飲めてしまいそうなすっきりとした後味。酒→肴→酒→肴ときれいな無限ループの誕生です。
「いろり村」さんは、今年で開業15年目。富山市出身のご店主・石田雄三さんは、大学進学で上京。会社員をやめて趣味だった燻製と富山の酒肴を楽しめるお店を始めたんだそう。
「当時は燻製でお酒が飲めるお店は少なかったし、富山を売りにしたお店はもっと少なかった。どちらもとてもおいしくてお酒に合うんです。これはやるしかないと思ったんです」(石田さん)と語ってくれました。
酒飲みが酒飲みの欲求を満たすべく作られた、といっても過言ではないステキな秘密基地。カウンターの居心地の良さは、いろりを囲むが如し。ゆったりと心地よい時間を過ごさせてくれます。
今回は紹介できなかったけど自家製の燻製は上品な香り付け。また、寒くなってくるとメニューにおでんが登場するそうで、これからの季節にうれしいですね! ……ん? これはまた昆布を食べる流れでは? でもきっとおいしいからまた来るっちゃ!
<店舗情報>
「いろり村」
営業時間:17:30~5:00(土曜日は0:00まで)
定休日:日曜・祝日、年末年始
住所:東京都港区新橋3-15-5 新橋M2ビル2階
※価格は税別
古屋敦史
取材・文=古屋敦史、構成=小山田滝音(ブラインドファスト)