ホームパーティーで、ささっ、と寿司を握ることができれば、会話の少なくなったヨメも、反抗期に入った娘も、「カッコイイ!!」と絶賛、オトコとして父親として、カブもぐっと上がるに違いありません。ま、そんなこと考えている人はいないかもしれませんが、寿司職人は憧れの存在じゃありませんか? 「でも、今さら寿司屋で修業はできないし……」。いえいえ、実は、教えてくれるところがあるんです。

大人気の「握り寿司入門コース」

「東京すしアカデミー」は日本で唯一といえる寿司スクールだ

それは、西新宿にある「東京すしアカデミー」。寿司職人を目指す人向けの本格的なコースのほかに、「握り寿司入門コース」も用意されています。平日5日間で、1回あたり約3時間半のレッスンを全8回行うもので、参加者は男性が8割強とのこと。

趣味で習いたいという人、海外移住のため寿司のことを知りたいという人、「寿司シェフコース」(1年制)を受講する前に準備をしておきたいという人、など、参加の理由は人それぞれ、年齢層も幅広いようです。

最近、ニュースなどで伝えられるように、海外での寿司人気はさらに高まりつつあります。その一方で、ちゃんと寿司のことを知っている日本人の職人が足りないのも現実。「東京すしアカデミー」では、そのことも当初から視野に入れていて、海外で働きたいという人にも情報を提供し、実際にここで学んだ数多くの寿司シェフが世界中で活躍しています。

講座風景。まだ少ないものの、女性の寿司職人も珍しくはない。(画像提供 : 東京すしアカデミー)

魚と寿司屋の見方が変わる

今回は特別に主任講師の川澄健さんに、実際の授業で学ぶことをいくつか再現してもらいました。ちなみに、川澄さんはTVチャンピオン寿司職人選手権で3度優勝した経歴の持ち主。ご存知の方もいることでしょう。

「握り寿司入門コース」では、道具の扱い方やネタの切り付けの基本、旬の魚の仕込みなどを学んでいきます。小さな魚のさばき方も習いますが、最初は、鮮魚店で売っているサクの見方と切り付け。

「魚をおろすことよりも、まず目利きが大切です」。幅が広い部位は寿司にしやすく、幅が狭いところはさしみにしやすいと川澄さんは教えてくれました。なるほど、新鮮さなどの見極めももちろん大切ですが、例えば同じ値段で売られていても、寿司ネタとしてふさわしい部位をちゃんと選ばなければならないわけです。

「入門コースで習うだけでも、みなさん、魚の見方が変わりますよ」と川澄さんはにっこり。当然、寿司屋の握り方なども、気になるようになってしまうそうです。

何よりも大切なのは衛生面

用意したサーモンとカンパチのサクを、川澄さんはすっすっとさばいていきます。その大きさは8センチ×3センチ、重さは14、5グラム。専用のシートにぴったり同じ大きさのネタが並びます。

同じサクでも場所によって形は違いますから、少しずつ切り方を変えながら、ネタの大きさをそろえていきます。職人さんなので当たり前ではありますが、お見事、と感心してしまいました。

握り方は、横かえし、縦かえしなどいろいろあり、寿司飯の量も店やシチュエーションによってさまざま。ポイントは、寿司飯の真ん中を押し、穴をあけて握ること。空洞ができる形になり、ふんわりとした食感となります。

右手で寿司飯を取り、左手にネタをのせて寿司飯を置き、さっさっさっと6回ほど握ってできあがり。職人技は見ていて、ホントに気持ちがいいものです。「これが自分でもできたら……」と誰もが憧れるに違いありません。

「でも、何よりも大切なことは、衛生面です」。職人を目指す本格的なコースで学ぶ人は、そういった意識は高いそうですが、入門コースでは案外その点が抜けていることが少なくないので、しっかりと気をつけるように指導が行われます。食べ物に関わるということはどういうことか、川澄さんの言葉にはっとしました。

カンパチは川澄さんがさばいたもの。寿司ネタに向いているのは、右から2番目

カンパチをネタとしてさばいていく

その大きさは見事にサイズどおり

東京の普通の寿司屋での寿司飯はこのくらいの量

寿司飯の真ん中に穴があけられているのがわかる

解説をしながら、仕事を進めていく川澄さん

川澄さんは、かたちを整えながら、すっすっとリズミカルな動きで握っていく。ところどころでポイントを示しつつも、あっという間に1貫が完成。これからは寿司屋のカウンターで、職人の技を真剣な目で見てしまいそうだ

本当に知ってる? 寿司のこと

このコースでは、寿司文化の背景についても学びます。日本の各地にそれぞれの土地ならではの寿司がありますが、江戸前寿司が広まっているのは、関東大震災が原因とのこと。職場を失った職人たちが、全国へと散らばっていったのです。

「それから昔の寿司は大きかったんですよ、こんな風に」。川澄さんが作ってくれたのは、ほとんどお握り。「かつては、本当にぎゅっと握っていたので握り寿司と呼ばれるわけです」との説明に、なるほどと納得しました。

大きくて食べにくかったので、やがて半分に切られるようになり、これが2個ずつ出てくる由来とのこと。ちなみに、1貫は昔は2個のことでしたが、今はふつう1個となっているそうです。川澄さんの解説に、今までよくわからなかったことが、すっきりしました。寿司について知らないことがたくさんある、ということにも気づかせてくれるのです。

明治初期の寿司。いわゆる江戸前の仕事がほどこされている

飾り巻き寿司技能も習得できる

握り寿司のコースと異なり、受講者のほとんどが女性だというのが「飾り巻き寿司講座」。「東京すしアカデミー」では、3年ほど前に、1級から3級までの3つのコースを始めました。川澄さんに、3級で作るものの中から2種類実演してもらいました。

まずは、バラ。錦糸玉子の上に、桜でんぶで色づけしたご飯や紅しょうがをのせて巻き、それを海苔にご飯を薄く広げ、細切りきゅうりを並べたところにのせてさらに巻く。切ってみると、かわいらしいバラの花になっています。

もうひとつは、四海(しかい)巻き。ご飯を広げた海苔の上に、また海苔を並べ細長い玉子焼きを置き、四角く巻きました。断面はよくわからないのですが、それを4つをくっけると、不思議な模様が表れました。幾何学的でなかなか印象的です。

飾り寿司そのものは、昔から存在しているものらしく、その世界はアートの域にまで達していると言っても過言ではないでしょう。これは子どもたちのみならず、世界の人々にも大ウケするはず。

握り寿司にしても、飾り寿司にしても、その魅力にはガッツリこころをつかまれてしまいそう。本気で寿司職人を目指したくなるかも。

飾り巻き寿司のバラ。2枚の錦糸玉子をまいていく。これが花びらに

それをさらに丸く巻いて、断面の真ん中にバラの花が浮かぶようにする

見た目も楽しい飾り巻き寿司。中央が四海巻き

飾り巻き寿司には、こんなに高度なテクニックを使ったものも。(画像提供:東京すしアカデミー)