みなさんは「イスラエル・ニコニコ・プロジェクト」をご存知だろうか? おそらくご存知ないとは思うが、驚くべきことに中東のイスラエルには、日本の「ニコニコ動画」のヘビーユーザーが大勢いる。それも日本人ではなく、現地のユダヤ人たちだ。「ニコニコ動画」のアカウントを持っているなら、ぜひ「イスラエル・ニコニコ・プロジェクト」で検索してみてほしい。

こちらがイスラエル・ニコニコ・プロジェクトの動画の一部。内容はコスプレコンテストの画像や、イスラエルの人たちによる「歌ってみた」シリーズなどなど

一連の動画では、イスラエルの学生たちが『NARUTO -ナルト-』のコスプレをしたり、「初音ミク」の曲を歌ったり、「やらないか」と言ったりしている。どうも日本のオタク文化はほぼリアルタイムで伝わっているらしい。向こうからすれば「日本ってヘンだ! 面白い!」ということかもしれないが、日本人のこちらからすれば、そんな変な文化を許容して楽しんでいる彼らも十分面白い。

イスラエルと言えば、日本に聞こえてくるのはテロ関連のニュースばかりとあって、人々は厳しいユダヤ教の戒律を守りながら、臨戦態勢で暮らしているのではないかという物騒なイメージがある。ところが「ニコニコ動画」で見たイスラエルの学生たちの屈託ない笑顔は、そんな偏見をひっくり返すのに十分だった。

そこまで日本のヘンな文化を楽しんでくれているのなら、ぜひ一度会ってみたい。そもそもイスラエルとは、自分のようなノンポリの日本人がふらっと遊びに行ってもよい国なのか? そんなわけで、この春にイスラエルで行われたアニメファンのイベント「春コン(Harucon)」に合わせて現地へと飛び、イスラエルのオタクたちを取材させてもらうことにした。

旅のレポートを始める前に、今回とくにお世話になったふたりを紹介しておこう。まずはイスラエル人のオレグ。ロシア出身のユダヤ人であるオレグは、現地の動画を「ニコニコ動画」にアップしているイスラエル・ニコニコ・プロジェクトのリーダー的存在だ。日本語はアニメやニコニコ動画などで覚えたらしく、スラング混じりだが、かなり達者。小太りかつ坊主頭でメガネ、さらに白いTシャツ姿というオレグの風貌は、オタク的に言うとアニメ『R.O.D』や『かみちゅ!』などを手がけた、舛成孝二監督を彷彿とさせる。密かに自分はオレグのことを「イスラエルの舛成監督」と呼ぶことにした。

彼が中東某国にニコニコ動画を布教した張本人ことオレグ。一部アニメファンにしかわからないが、思わず日ユ同祖論を信じそうなほど舛成監督に似ている

こちらはべつの動画から。オレグの右の人物はイスラエルの歌姫ことガルちゃん。歌というのはもちろん日本のアニメソングのことです

もうひとりはイスラエルに留学中である日本人大学生の鈴木さん。テルアビブ大学でユダヤ史を学んでいる鈴木さんはオレグとの面識もあり、現地のアニメイベントへの参加経験もある。何より彼自身がオタクということもあって、今回の旅のうち半分ほどにガイドとして協力していただいた。

そんなふたりと事前にスカイプを使って打ち合わせしつつ、準備もそこそこに成田空港へ。イスラエルまでの航空運賃は往復で13万円ほど(2010年春現在)。早めに探せば10万円を切るチケットもあるようなので、決して安くはないが、破格に高いわけでもない。ただ日本からは直行便がないため、少々時間はかかる。今回はフランスのシャルル・ド・ゴール空港で飛行機を乗り換えて、現地に向かうことにした。日本からフランスまで約半日、フランスからイスラエルまでは4~5時間なので、もろもろ待ち時間を含めると、ほぼ1日がかりになる。

こちらはイスラエル……ではなく中継地のシャルル・ド・ゴール空港。プレイステーション 3の試遊台がたくさん置いてありました

同じくシャルル・ド・ゴール空港の売店の本棚より。フランスのアニメ雑誌の表紙は『鋼の錬金術師』『黒執事』『BLACK LAGOON』など

そんなこんなでイスラエルの空の玄関口、ベングリオン空港に到着。取材前に調べたところ、どうもこの空港は出入国の審査がかなり厳しいらしい。そもそもここは、かつてテルアビブ空港(ロッド空港)と呼ばれた場所だ。「テルアビブ空港乱射事件」という単語も頭をかすめたりして、もしや日本人は念入りに調べられるのでは? と内心ビビっていたが、入国審査の係員に「目的は観光です。現地の大学生のところに滞在します」と片言の英語で伝えると、どこから見ても平和ボケの日本人にしか見えなかったのか、意外なほどあっさり通してもらえた(なお、最終回で触れる予定だが、出国審査のほうが厳しい)。

手荷物検査も同様にそれほど厳しくなかった。実は自分が少しお手伝いしているアニメ美少女のグラビア誌『メガミマガジン』(学研パブリッシング刊)を実験的に持ち込んでみたのだが、二次元美少女の水着イラストが載っているからと言って、べつにポルノグラフィ扱いされることもなく、それどころか荷物はX線に通しただけで開かれもしなかったので、正直ちょっと拍子抜けしたほどだ。

ほっとして周りを見渡すと、金曜の夕方という混雑しそうなタイミングで到着したわりにはガランとしている。というのもイスラエルでは金曜日の夕方から「シャバット」と呼ばれる安息日に入るため、人通りが少なくなるのだそうだ。空港内の広い連絡通路の壁には、1948年の独立から毎年刷られている建国記念の大きなポスターが飾られているのが、いかにもイスラエルらしい。

入国ゲートを出ると、オレグや鈴木さんたちが待っていてくれた。日の丸のハチマキや腕章をつけて歓迎してくれたのは「北団(きただん)」というサークル仲間の3人だ。彼らは明後日に行われるアニメイベントに合わせて、イスラエル北部からテルアビブに来ているのだとか。お土産代わりにさっき手荷物検査を通過した『メガミマガジン』最新号を手渡すと、大喜びしてくれた。

緊張しつつも無事、イスラエルに到着。左が北団の隊長を務めているというネコさん。オレグ、見切れてすまん……

北団のネコとラハブ(右)、『メガミマガジン』をガン見中。見ているこちらのほうが、ちょっと恥ずかしくなるのはなぜか?!

ボーカロイドが大好きなラハブが着ているTシャツは、手描きの「初音ミク」。なければ作る、同人活動の基本です

撮影禁止の場所が多かったので、空港の写真は少なめ。ベングリオン空港のロビーはこんな感じ

さて、空港の駐車場で北団の一員であるマイクの車に乗り込み、到着早々これからある人物と会う予定になっている。そこではいろいろと興味深い話が聞けたので、その模様は次回のレポートでお伝えしたい。イスラエルの滞在期間は実質5日間で、見てきたのはテルアビブとその郊外だけ。嘆きの壁にも死海にも行かないという邪道なレポートだが、「2010年の普通のイスラエル」の空気はなんとなく感じ取ってもらえるのではないかと思う。そんなわけで現地のオタクたちと繰り広げるイスラエル珍道中、しばらくお付き合いください。

鈴木さん(後頭部)たちと空港のタクシー乗り場にて。安息日に入るとバスが止まるので、タクシーを拾ったり、目的地が近い人同士で乗り合ったりと結構大変