「これ、どうやって説明しよう……」
辺りは真っ暗。どこからか環境音楽が流れ、屋内にもかかわらず周囲には草むらのような匂いがほのかに漂う。入場者は複雑に曲がりくねった手すりを頼りに進むしかない。付いた名前は「闇の森」。
ここは宮城県・大崎市の感覚ミュージアム。前回は、ロビーに置かれたユニークな遊具と日本有数の不思議なトイレを紹介したが、感覚ミュージアムの本領はむしろここから。うっかり足を踏み入れた我々取材班は「宮城にはこんな面白い場所が!」という興奮と「なんか癒される……」というリラックスした感覚と「誌面でどうやって紹介すんねん!」という仕事上の困惑をカオス的に味わう羽目になってしまったのである。
試しに写真を撮ってみるが、ほとんど何も写らない。とは言え「闇の森」なのだから、フラッシュを焚いて明るい写真を撮っても意味がないだろう。今回カメラマンとして連れてきた地元大学院生のT君は、匍匐前進のようなポーズで無理やり撮影を試みている。お客さんが通らないからいいようなものの、暗い場所に寝そべっているのだから普通に邪魔である。やはり感覚ミュージアムには、思わず我々にこのような怪しい行動を取らせてしまう何かがあるらしい。もちろん真っ暗とは言え、子供や年配の方でも危険がない程度にぼんやり明るいので心配はいらない。
手すりをつたっておそるおそる進み、カーテンをめくると今度は一転して真っ白な光の世界が目の前に広がった。「エアートラバース」と名づけられたこの通路は、天井と足元以外がほぼすべて鏡張り。まるで空中を歩いているような、あるいは万華鏡のなかに飛び込んでしまったかのような体験を味わうことができる。順路としてもミュージアムの中心に位置しており、最もインパクトのある空間と言えるだろう。
エアートラバースを抜けると再び暗闇となる。先ほどの森をイメージした場所とは対照的に、今度は近未来的な空間となっており、各所に置かれた物体が青白く発光している。「fuwa pica」という家具とアートを混ぜ合わせたこの作品は、バルーン状の材質でできており、押したり座ったりして空気圧を変化させることで色が変わる仕組みだ。
光と闇のエリアを抜けると「香りの森」と呼ばれる場所に出る。この一帯はモノローグゾーンというエリアで、癒しや瞑想といったリラクゼーションの要素が重視されている。香りの森の天井からは、紙を縒って作られたアート作品が垂れ下がっており、ゆっくり変化する照明によって、目の前の紙たちは柳のようにも、紅葉のようにも、雪景色のようにも見える。それだけでなく木々のように立つ円柱には穴が空けられており、その穴からは橘、葛、山百合といった優しい植物の香りが漂っている。
この香りの森だけでもかなり癒されるのだが、その奥には「ハートドーム」という体験施設が設けられていたので、そちらにも入ってみた。ドームには靴を脱いで上がるようになっており、ツルツルした床の感触が心地いい。大きめのカマクラに似たドームの中心部はなだらかに窪んでおり、そこに座ったり寝そべったりすることができる。基本的にはこれだけ。これだけなのだが、ドームの色がゆっくり変わる様子や、周囲に流れるヒーリングミュージック、隣の香りの森から漂う匂いや、広すぎず狭すぎないドームの大きさなど、様々な作用のおかげでだんだんと気持ちを落ち着かせてくれる。ドームの中心でぼーっと寝そべっていると、まるでお湯のないバスタブに服を着たまま入っているようで、かなりいい感じである。全身の力が抜けてまぶたが重くなってきた私は、薄らぐ意識のなかでつぶやいた。
野口「T君さ……」
T君「なんですか?」
野口「もう取材しなくていいんじゃね?」
T君「よかぁないでしょ!」
野口「なんか仕事とかどうでもよくなってきちゃった……」
T君「ここの雰囲気に当てられすぎですよ!!」
私はもはや、癒しの波状攻撃でギブアップ寸前なのだが、もう1回だけ続く。