「これ、どうやって記事にしよう……」
取材をしているとネタがなくて困ることがある。そして逆にネタがありすぎて困ることもある。ネットでの口コミだけを頼りにやってきた宮城県・大崎市の感覚ミュージアムは、まさにネタがありすぎて困る場所だった。
そもそも入り口からすでに怪しい。入るとすぐには創作楽器がたくさん置かれ、暴れたい盛りの子供たちが叩きまくって不思議なリズムを奏でている。楽器の材料は木材や建築素材、キッチン用品などホームセンターで買えるものばかりだが、どこかガムランにも似たその響きには、館内に入った人々の心をナチュラルハイにさせる効用があるらしい。今回取材に同行してもらった地元大学院生のT君も、興奮してものすごい勢いで写真を撮りまくっている(※)。ふと上を見ると色鮮やかなステンドグラスから七色の光が差し込み、ふと横を見ると巨大な木製の輪の内側に人が寝そべっている。なんだかよくわからないが、とにかくすごく変な光景だ。
(※)一般の方の館内撮影は許可されていません。ご了承ください
「私も最初はお客で来てたんですけど、ちょっと酔いそうになるぐらいハマっちゃって」
今年の夏に副館長になったばかりの小玉さんは感覚ミュージアムの第一印象をそう振り返る。この感覚ミュージアムのテーマはずばり「五感」。展示物を見たり聞いたりするだけでなく、触ったり、嗅いだりと五感を駆使して楽しめる、全国でも珍しい施設だ。建物の見た目も東北の田園地帯に作られた建造物としては、かなりのハイセンス。一歩間違えると周囲から浮いて悪趣味になる危険性も秘めているが、感覚ミュージアムはそのギリギリのところでうまく溶け込んでいるように見える。
もともとは東京藝術大学の美術学部長で、東京武道館などを設計した建築家の六角鬼丈氏が近隣の保育園や河川公園を設計。それがきっかけとなり、感覚ミュージアムの設計とコンセプトデザインも六角氏が手がけている……と書くとなんだかお堅い雰囲気だが、実際は地元の人たちの遊び場、あるいはデートスポットとして身近に親しまれており、この日も休日とあって、子供連れ、カップル、年配の団体客など様々な来場者で賑わっていた。
総来場者数は2000年のオープンから現在までの約7年間でおよそ42万人。2006年4月から2007年3月末までの1年間だけでも52,000人以上が訪れている。ミュージアムを構える旧・岩出山町(現在は大崎市に合併)の人口は約13,000人というから、じつに地元の人口の3倍以上の人々が1年間に訪れている計算だ。今年に入ってもNHKの『ためしてガッテン』『ミューズの微笑み』といった情報番組で紹介され、首都圏からの来館者も伸びているという。
前置きが長くなったがまずは体験、ということで入り口のダイアローグゾーンに置かれた「サークル・ン・サークル」で遊んでみた。巨大な機械の歯車のように見えるこの展示物は、手っ取り早く説明すると「人力落書きマシーン」。輪の真ん中に寝そべり、手足でペダルを漕ぐと、壁に模様を描くことができる。うまく操ればイニシャルぐらいは描けるらしいが、なかにはドラえもんを描いていった猛者もいるという。そもそも寝そべった状態でペダルを漕ぐという動作をすることがないので、グリグリ動かすだけでも結構面白い。
建築家の福井裕司氏が制作した「サークル・ン・サークル」。ものすごい大げさな機械でやることは落書きというナンセンスさが最高 |
壁に接する部分にチョークが取り付けられており、これを動かして落書きする。チョークの色は日替わりで、どんどんカラフルになるという仕組み |
「野口さん、こっちに来てください!」
落書きマシーンを降りて、子供たちと創作楽器をポコポコ叩いていると、トイレに中座していたはずのT君がものすごい形相で呼んでいる。何事かとこちらも慌ててトイレに駆けつけた。
「なんじゃこりゃあ!!」
感覚ミュージアムはトイレもすごかった。壁面には頭がくらくらするほどの幾何学模様がでっかく描かれており、公共トイレとしてはあるまじきほどの落ち着かなさを演出している。「まさかこっちも……」とおそるおそる車椅子用トイレの扉を開けてみると、そこにもやはり幾何学模様が! ここのトイレはおそらく日本の公共文化施設のなかでも5本の指に入る「変なトイレ」だろう。
T君「入り口とトイレだけでもうお腹いっぱいなんですけど」
野口「うむ」
しかし、感覚ミュージアムで我々を待ち受けていたのはまだまだこんなものではなかった!……と探検隊風にあおって次回に続く。