現在、政府が進めているハラスメント関連法案には、企業に対してパワハラ防止の取り組みを義務付け、就業規則等に対応方針を明記させることが盛り込まれています。

  • パワハラ対策はできていますか?(写真:マイナビニュース)

    パワハラ対策はできていますか?

今回は、実際にあったパワハラ事例と企業が導入すべき対策について解説します。

パワハラの具体的な事例1

「どうしていいのか、分からなかったんです」。これから紹介するケースに登場するN君が退職直前に言った言葉です。食品メーカーのA社は、ホワイト企業を目指し、2年前から時短促進に力を入れていました。終業時刻になると社内放送で、速やかに帰宅するようにというアナウンスが流れるのです。

C部長のいる流通部では、終業時刻になると、いつもC部長の帰れコールが始まります。流通部の社員は、「また始まったよ」とあきれながら帰宅の準備をするのが日課になっていました。

そんな流通部に所属していたN君、テキパキ仕事をこなすタイプではなく、時短促進が始まる前までは、月40時間程度の残業をしていました。時短促進後も同僚より退社時刻は遅く、C部長からは、「さっさと帰れ」「仕事ができない給料泥棒だ」と毎日怒鳴られていました。

ある日、C部長あてに取引先から納品物が届いていないといったクレームが入ったのです。C部長は、大慌てで担当者であるN君に確認すると、N君は思わず「しまった」という顔をしました。その後うつむきながら、震えた声で「すいません。実は私が担当している全部の会社、今月分の納品ができていません……」と報告しました。

その瞬間、C部長の怒号が部署中に響き渡った。「お前、この損害がいくらになるか、わかってるのか、お前が死んだ生命保険金で払えるレベルじゃねえぞ。どうするつもりだ! このクズ野郎!」その場にいた社員は全員凍りつきました。

その後N君は精神疾患と診断されそのまま退職。この一件でC部長も地方支社へと異動になったのです。

このケースの一番の原因は、N君の能力を加味せずに、以前と変わらない業務量で仕事を続けてさせていたというところにあります。何の業務改善も行わずに時短促進! 時短促進! と叫び続けたC部長に一番問題があるといえるでしょう。

労働時間削減の具体的対策や業務改善を行わないまま推し進めた、典型的な時短促進の失敗例です。

パワハラの具体的な事例2

「あいつは、わかってくれていると思っていた」
パワハラ行為者であるBさんが発した言葉です。

不動産会社の営業部に勤めるBさん、学生時代はずっと野球に情熱を注いでいた根っからの体育会系。そんな、Bさんが最も可愛いがっていたのは、後輩のK君。Bさんは、先輩後輩を超えて師弟関係にあると感じていました。

しかし、日頃からBさんは、K君に対して、「何やってんだ、馬鹿野郎!」とか「今月中に成約できないとまずいぞ。死ぬ気で行け!」、「明日の取引先に遅刻したら殺すぞ! 早めに出発しろよ!」などと乱暴な言い方をすることがあり、上司や周囲から注意されることがあったのですが、それに対してBさんは、「あいつのためを思って言っているんです」とか「指導の一環なんで邪魔しないでください」と聞き入れる様子は全くありませんでした。

また、毎週金曜日には必ず、K君を連れて飲み歩いており、終電に乗れずに帰れなかったということをK君は度々周囲にこぼしていたのです。

ある日、Bさんは取引先と大きなトラブルを起こしてしまったのです。そこは、K君と一緒に担当していた会社でした。トラブルが発覚した際、BさんはK君に対して「どうしてくれるんだ、今までの苦労が水の泡になったじゃないか!」「全部おまえのせいだ」など、理由も聞かずに一方的に責め続けたのです。

罵声を浴びせられていたK君の感情が一気に爆発しました。「いい加減にしてください。あんただって間違えたでしょ!」そう言って、会社を飛び出してしまいました。

パワハラと指導の違い

その後、K君は会社のハラスメント窓口に通報することになるのですが、K君の言い分はこうでした。

「指導の一環のつもりかもしれないけど、こっちとしては、指導の域を超えて暴言を吐かれ、その度苦痛で仕方なかった」と。毎週金曜日の飲み会についても「無理矢理付き合わせられていて、そのせいで土曜日の予定が潰れることもあり、金曜日が来るのが嫌で嫌でしょうがなかった」。

また、今回のトラブルについては、「自分だけでなく、Bさんの連絡ミスもあってのことなのに、どうして自分だけ責められ続けなければならないか全く理解できない」ということでした。今までBさんにされてきたことは、完全にパワハラにあたるという主張だったのです。

最終的には、Bさんが隣の営業第2部に異動することでこの問題は収束に向かいました。このように、「あいつならわかってくれる」といった身勝手な思い込みが、自覚のないパワハラを招いてしまうケースも多くあります。

2つのケースに共通することは、パワハラ行為者である上司や先輩が、業務上必要な指導だと思い込んでいることです。相手にどのような影響(ダメージ)を与えているのか一切考慮せず、自覚なく行為におよんでいるのです。

たとえ、業務に必要な指導であったとしても、行き過ぎた行為、つまり「業務の適正な範囲を超えた指導」になれば、それはパワハラにあたると判断されてしまいます。

パワハラへの具体的な対策

では、パワハラを社内で発生させないためには、どういった対策が必要となるのか? 以下の2つの施策を紹介しましょう。

教育・研修

基礎知識や正しい理解を促す内容の研修を実施します。特に研修で行うロールプレイやグループディスカッションは、社内でパワハラに対する共通認識を持つのには効果的です。 また、部下を指導する立場にある管理職に向けた研修は、指導にあたっての注意事項やパワハラが発生した際の対応方法について学べる内容がよいでしょう。

ルールの策定・周知

従業員にパワハラに対する企業方針を理解させてそれを守らせるには、ルールの策定が必要不可欠となります。会社のルールブックである就業規則に盛り込むことが重要でしょう。具体的には、どのような行為がパワハラにあたるのかを、服務規律で規定します。特に業種や業界特有で発生しやすい事象を考慮し、詳細に定めておくとよいでしょう。

また、実際にパワハラ行為が発生した場合に懲戒処分を行うためには、就業規則に事由を定めておかなければなりません。パワハラが懲戒の対象になる旨も規定しておく必要があります。整備したルールについては、説明会等で従業員へ必ず周知しましょう。

なお、冒頭でも述べたとおり、来年以降の法改正により、企業に対して就業規則等へのパワハラ防止や対応方針の明記が義務となりますので、あらかじめ見直しておくことをお勧めします


会社がパワハラ対策を行ううえで、最も重要なのは、「継続する」ということです。一度限りの研修や説明でパワハラを防止することはできません。人は忘れる生き物だからです。

継続して、繰り返し行うことが、「パワハラはあってはならない」という意識を社内全体に浸透させることにつながるのです。

筆者プロフィール: 薄井 崇仁

大槻経営労務管理事務所 人事BPO事業部 執行役員。2007年の入所後、大小様々な規模のクライアントの労務相談およびアウトソーシング業務を担当。その後従業員からの問い合わせに直接対応する「社労士ダイレクト」事業部に配属。現職では、執行役員としてクライアントに対し総合的なアウトソーシングサービスを提供しており、人事BPOサービスの開発にも積極的に取り組んでいる。労働環境に様々な変化が起きている現在、企業にとってベストは何かを考えて課題解決へと導く。丁寧なヒアリングをモットーにクライアントのチャレンジを全力でサポートしている。