NHKで2020年から不定期に放送されSNSでも話題を集めた番組『業界怪談 中の⼈だけ知っている』が、体験者たちに徹底追加取材し、より恐ろしくより不可思議なノンフィクションホラーとして、NHK出版が書籍化。その業界にいれば当たり前のように周囲の間で知られていたり、経験したりするような出来事でも、その外にいる人間には知る由もない、ときに不思議で、ときに身の毛もよだつ体験談から、とっておきの怪談2篇を試し読みでご紹介します。
今回は、リフォーム業界でのある怪談です。
「そこに、誰かいます」(1) /島村明夫さん(仮名・リフォーム設計会社 経営)
「どうしてくれるのよ!」
彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「こんなの違う! 頼んでない! なんでこういうことするの!」
泣きながら絶叫する彼女――依頼主を前に、僕たちは呆然とするほかなかった。
壁紙の色が違う、と彼女は言う。
貼られている壁紙は間違いなく依頼されたものだった。壁一面の大きさで見ると、見本とはちょっと違う印象を受けるかもしれないが、その点については了承していたはずだ。それに、その壁は彼女が言っていたイメージどおりに仕上がっていると、僕には感じられた。
ううううう、と歯を食いしばり呻き声をもらす彼女の肩を抱きながら、その娘さんが憎しみのこもった目で僕を睨みつけている。人は心の底から怒りを発露したとき、本当に般若のような顔になるのだと、僕は今回の仕事を通じて痛感していた。
そう、初めてじゃないのだ。こんなことは。
彼女たちからリフォームの依頼を受けて以降、何度も何度も、続いている。
そこはかつて山を切りひらいて開発されたいわゆるベッドタウンで、僕たちがリフォームを請け負ったのは巨大な団地の一室だった。巨大、といっても、家族世帯が多い賑やかな場所とはほど遠く、むしろさびしさを感じるくらいだ。確かに、開発された直後は新しい街に心を躍らせた住人たちで賑わっていたらしいのだが、もともと何もない場所をむりやり盛り上げても人がいつくはずもなく、次第に住民は減り、高齢化も進んだ結果、ゴーストタウンのような趣を街全体に漂わせていた。
こういう、日が当たっているはずなのに薄暗い場所には、仕事上よく行きあたる。
丘の上には大きな病院があったのだが、そのたたずまいにはとくにいやな印象を受けた。
聞けば、百年以上も前、その丘は首切りの処刑場だったという。その病院では幽霊が出るという噂が絶えなかったらしい。それだけじゃない。この街が置かれた山全体が、そもそもあまり気のよくない場所なのだと、土地をよく知る人が言っていた。
そんな場所の分譲団地に、依頼主の母娘は住んでいた。
娘が家を出た後、父親が単身赴任になり、母親ひとりでは手に余るということでしばらく賃貸に出していたのだが、父親の帰任が決まって、家族三人で戻ることにしたという。
それで、全面的にリフォームをしてほしいという依頼だった。
もしもその団地に、部屋に、よくないことが起きていたとしたら、貸していた住人からクレームがあったはずだ。それどころか、依頼主も戻ろうとは思わなかったに違いない。だから、街自体はよくなくても、その部屋に問題はないと思っていた。
リフォームの相談にやってきた母娘は、些細なことでよく笑い、朗らかな空気を身にまとっていた。こちらの提案にも見積もりにも意見は述べるが、基本的に意図を汲んでくれる。気持ちよく仕事ができそうだ、とそのときは思っていた。
工事がはじまってからだ、様子がおかしくなっていったのは。
進捗を確認しにきた母娘に何度も何度も呼びだされ、そのたびに罵倒された。
「気のせいじゃないか」「気にしすぎじゃないか」。そんなことを僕たちが言ってはいけないことはわかっている。これから何十年と住むことになる大事な部屋だ。何百万円と費用をかけてリフォームするのだから、こだわって当然だ。わかっている。わかっているから、決してそんなことは口にしない。
それでも、あんまりですよと言いたくなるほど難癖に近いクレームを受け続けた。
申し訳ありませんと、頭を下げることしか僕たちにはできなかった。
その日も何度も平謝りし、僕たちは外に出た。止めていた車に乗り込んで「まいっちゃったね」と言うと、部下の女性が険しい顔をして団地を見つめていた。
「何かありますよ……ここ」
うん、とも、ふうん、ともつかない息を漏らして、僕は運転席に沈み込んだ。すぐに発車する気にはなれず、しばらく二人でぼんやりしていた。
すると団地のほうから、飛びだしてくる人影があった。
依頼主だ。
泣いている。表情が歪んでいるのが、離れていてもわかる。
ああ、またか……追いかけてきてまで文句を言いたいのか。うんざりというより、やるせない気持ちになって、僕は目を伏せた。依頼主は、ドンドンドンと窓ガラスを叩いた。
【葬儀業界の怪談を読む】
⇒コンセキノコスナ(1)
⇒コンセキノコスナ(2)
⇒コンセキノコスナ(3)
本連載は、 『業界怪談 中の人だけ知っている』より、一部を抜粋してご紹介しています。
『業界怪談 中の人だけ知っている』(NHK出版)
編者:NHK『業界怪談 中の人だけ知っている』制作班
怪奇体験から垣間見える、現代社会の実像と歪み――。同書は、2020年からNHKで不定期に放送されている人気番組『業界怪談 中の人だけ知っている』のシリーズ1~シリーズ3から、番組の再現ドラマを参考に、体験者たちひとりひとりに徹底追加取材し、怪談小説として細部にまでこだわって編み上げた全16篇からなる一冊。番組のファンはもちろん、怪談愛好家やホラー好きの人も、リアリティあふれる各業界の怪談小説から、体験者たちの見たもの、聞いたものを⼀緒に感じてみてはいかがでしょうか。Amazonで好評発売中です。