「ゆきり名人」という揚げ物の油を取り除く商品がある。前回は概要について説明した。ぐうたら主婦コラムでは珍しい、ベンチャー企業の商品だ。装置に揚げ物を入れ、回転させて油をきるのである。製造元はオーシーエム(OCM)という小さな会社だ。代表取締役の宮澤國彦氏がこの機械をつくろうと思ったきっかけは、好物の天丼を食べたいのだが、胃もたれが気になって控えなければならないことだったという。

余分な油をカットする装置。これまで、ありそうなのに、なぜ生み出されなかったのか。一番難しいのは、形くずれ対策だ。無防備に回転させると、中に入れた揚げ物の形がくずれしてしまうのである。開発当初、宮澤氏は今のような回転式でなく、別の方法で油を切ろうとしたこともあった。一つのアイデアは「振動」して油をきる方式である。ところが、振動方式だと、中まで振動が伝わって肉汁までが出てしまう。とんかつの肉がパサパサしておいしさが損なわれてしまうのである。これでは使えない。ならば「バキューム方式」はどうかとトライしたことがあった。装置の中の空気を強い力で抜き取ることで、油も一緒に抜こうというものである。しかし、結果はNG。思ったほど、油が取れなかったのである。

余分な油をカットする「ゆきり名人」(試作機。実際の製品では、本体内部の回転かごが樹脂製となる)

紆余曲折の末、宮澤氏は現在の回転式に落ち着くことになる。ただし、ここでも問題はあった。回転と同時に、形がくずれてしまうのである。そこで、工夫したのは、「回転速度」である。回転数を最初から全開にして上昇させると、遠心力に耐えきれず衣がはがれてしまう。そこで、宮澤氏は回転数をゆっくりと立ち上げる方法を思いついた。そして、あれこれ試しているうちに、形が壊れない立ち上げ方を見つけたのである。 そのほかにも形状を変えるなど、さまざまな試みをして形がくずれない今の形に落ち着いたというわけだ。もちろんクリームコロッケなどの軟らかなものは形くずれしてしまうが、海老フライや鳥唐揚げなどは大丈夫である。

ものづくり一色の人生だった

こんな試行錯誤の芸当ができるのは、宮澤氏の経歴が関係している。これまでの数十年間、宮澤氏の人生はものづくり一色だったといえる。子どもが生まれて間もない頃は、電動のゆりかごをつくって、大手デパートなどにおいてもらったこともあるという。それ以前は、小型の自動販売機をつくって、億単位のお金を手に入れた。その後、さまざまなものを作りつづけ、最近では照明の事業を展開する。具体的にいうと、蛍光灯の背面につける反射板の製造販売。反射板をつけると、光が反射して部屋が明るくなるため省エネにつながるというものだ。昨今の環境ブームで、大手ファミリーレストランチェーンや自動車会社の工場などに取り付けてもらい、ひと稼ぎしたというわけである。

そんな宮澤氏だが、3年前の63歳の誕生日を機に引退を決意する。働きづめだった毎日に決別して、かねてから憧れていた、毎日のんびりゴルフと釣りを楽しむ日々を送った。だが、働いていたころは憧れだったのんびりした生活も実際手に入れてみると、あっという間に飽きてしまい、ただの退屈な毎日に変わってしまう。人間なんてそんなものである。欲しいと思っているうちが華で、手に入れてしまうと何ともつまらなく感じるものなんである。

本体下部には吸盤を設置し、安全性にも配慮

その気持ちはよくわかる。ぐうたら主婦も一時は専業主婦を楽しんでいたが、結局大好きなケーキづくりも、最初はいいが、毎日一人でケーキばかり焼いているうちに楽しくなくなってしまうのである。しかも、なんだか自分だけが世の中に取り残されてしまうような、このままでいいのかといった気持ちになる。これもよくわかるのである。

そうこうしているうちに、宮澤氏は現役復帰を考えるようになった。かねてからアイデアとして温めていた「ゆきり名人」を実用化しようと思ったのは、この時である。そして、開発、販売に至ったのであった。

人にはそれぞれ楽しいと感じる物事がある。それは仕事だったり、本を読んだり、ものをつくったり、文章を書いたり、人それぞれなのだ。人が幸せと感じる瞬間は遊んでいるときだけとは限らない。宮澤氏のように、仕事に精出して、それを幸せだと感じることも私はいいことなんじゃないかと思う。

模倣されてもいいじゃないか

弁当屋やとんかつ屋などに導入され、業務用として予想以上の反響があったこの商品。おそらく、業界内では模倣して売り出す企業が出てくるだろう。現在、宮澤氏は実用新案を出している。だが、模倣されることは想定内のようで、そんなに神経質になっていない。むしろ、他社が真似することで、「揚げ物の油をきる装置」の市場が大きくなれば、それはそれでいいと宮澤氏は言う。

どうしてだか理由はわからないけれど、仕事がうまくいっている人の多くは「がめつくない」という共通点があるように思える。ケチな人は多い。ケチなんだけど、がめつくないのである。むしろ、仕事がないと困っている人に限って、目の前にある利益をがめつく自分一人のものにしようとするような気がする。他人に働かせて自分はラクしようとする人、他者の利益の一部を自分のところに入れようとする人、あるいは他者の仕事を妨害する人、このような人に限って、仕事がなくて困っているように思うときがある。いろんな要素があると思うが、お金が集まりやすい人と、そうでない人って、不思議なくらいはっきりしている。宮澤氏の話をうかがって、ぐうたら主婦はお金を引き寄せる雰囲気を感じたのである。

OCM代表取締役の宮澤國彦氏

業務用のほうの価格は37万8,000円。今後発売予定である家庭用は1万2,600円と買いやすくなっている。はっきり言って、製造元のOCMという会社は規模も小さいし、大手メーカーのような生産体制もない。私たちは、メーカーが日夜行っていることは当たり前だと思っているけれど意外と難しいものがある。安心して使える商品を開発すること、品質にばらつかない商品を期日までに大量生産すること、万が一故障してもできるだけ迅速に対応することなどは、実は、大手電機メーカーは当たり前にやっているが簡単に真似できない難しいことである。

今回紹介する「ゆきり名人」は業務用では故障もなく(社長談)、順調に設置台数を伸ばしている。その一方で、家庭用は大量注文に対応できる生産体制にはなっていない。また、故障へ迅速に対応する仕組みはできているが、大手のような体制ではない。新しいもの好きの人には「ゆきり名人」は断然おすすめだが、品質重視の人へは大手企業並みの品質が保証されていますと私は言えない。

でも、私はOCMのような小さな会社を応援したいのである。大企業のような資本もないなか、試行錯誤で製品をつくる姿。これはものづくりの国、日本にとって財産なんだと思う。大手のように、きっちりとした制度の中で、私たちが安心して使えるものをつくる会社も大切だけど、こういうコツコツとものづくりを進める会社がもっと増えれば、もっともっと面白い商品が世の中に出回るのではないか。私はそう思う。日本の産業全体にとってのメリットを考えて、私は「ゆきり名人」をおすすめする価値があると思うのである。

イラスト:YO-CO