世界経済にとって懸念材料の一つとなっている欧州の景気はここへきて底入れの兆しが出てきました。しかしその中にあってギリシャは依然として低迷が続き、欧州全体の重しとなっています。

欧州の景気は数年来の債務危機、特にギリシャ危機の影響で低迷が続いていますが、これに加えて最近は中国など新興国経済減速の影響や難民問題、VW(フォルクスワーゲン)問題などが重なって、一段と停滞色を強めていました。それが10月~11月にかけて、景気底入れの兆しをうかがわせる指標が相次いでいます。

まず失業率。EU(欧州連合)統計局が10月末に発表した9月のユーロ圏(19カ国)の失業率は10.8%で、8月より0.1ポイント改善し、2012年1月以来3年8カ月ぶりの低水準となりました。ユーロ圏の失業率は2013年に12%台に達し、その後もしばらく高止まりしていましたが、最近は緩やかながら低下傾向を示しています。

欧州の失業率

もう一つが消費者物価の動きです。同じくEU統計局の発表によると、10月のユーロ圏の消費者物価指数(速報値)は前年同月比で横ばいとなりました。同指数は昨年12月に下落に転じ4か月間マイナスが続いた後、わずかながらプラスに戻っていましたが、前月の9月に6か月ぶりに再びマイナス0.1%となり、デフレ懸念が強まっていました。10月が横ばいとなったことで、1カ月で一応マイナス圏を脱したことになります。

欧州の消費者物価指数

日本でも同じですが、物価が下落することは消費者にとってうれしいニュースに見えますが、需要が低迷していることの反映であり、物価下落が続けばデフレに陥ることになります。逆に物価上昇は需要が高まっている、つまり経済活動の活発化を示すもので、こうした視点から「物価は経済の体温計」とも言われます。その意味では、10月のユーロ圏の消費者物価がマイナス圏を脱したことは景気悪化が止まったことの表れと解釈できるわけで、ひとまずは一安心と言えるでしょう。

欧州の景気、底入れの兆しと言ってもまだまだ回復力が弱いのも事実

しかし底入れの兆しと言っても、まだまだ回復力が弱いのも事実です。10%を超える失業率はかなりの高水準ですし、物価もすぐに下落に逆戻りする可能性は十分あります。ECB(欧州中央銀行)は物価安定の目標を「2%未満で、その近辺」としており、現状はそれに遠く及びません。そのためドラギ総裁は先月下旬の記者会見で、12月に追加の金融緩和に踏み切る可能性を強く示唆し、注目を集めました。

EUの委員会がこのほど発表した「秋の経済見通し」で2015年の実質GDP(国内総生産)成長率見通しを1.6%とし、今年5月の前回見通しより0.1ポイント上方修正しましたが、その一方で2016年見通しは前回の1.9%から1.8%へと下方修正しました。足元の景気底入れで2015年は上方修正したものの、先行きについては慎重に見ていることが分かります。

 EU委員会の経済見通し(実質GDP成長率、%)

目立つギリシャの弱さ

こうした中で、やはりギリシャの弱さが目立ちます。EU委員会は上記の経済見通しで、ギリシャの2015年見通しを前回のプラス0.5%からマイナス1.4%へ、2016年見通しをプラス2.9%から一転してマイナス1.3%へと、大幅に下方修正しています。今年夏にかけての金融支援をめぐる混乱の影響が景気を一気に押し下げるためです。

ギリシャへの金融支援については今年8月にEUとの間で合意が成立し、金融支援が実行されています。そのため当面は金融面での心配はなくなくました。しかしいったん悪化した景気はそう簡単には良くなりません。失業率を見ても、最新のデータである7月は25.0%と、極めて高い水準が相変わらず続いています。少し前まではギリシャと肩を並べて25%以上だったスペインが21.6%と、急速に低下させている(それでもまだ高水準ですが)のと対照的です。

こうしたギリシャ経済の低迷が欧州全体の足を引っ張る結果になっていることは否めません。この構図はしばらく続くでしょう。

順調に進んでいるように見える改革の動き、問題は本当に実行されるかどうか

しかも、ギリシャは経済の構造改革が必要です。ギリシャ危機を招いた原因は、過剰な公務員や年金、肥大化した公的部門、非効率な経済運営などにありました。ギリシャ経済の立て直しにはこれらの改革が不可欠であることは、この連載でもたびたび指摘してきた通りです。

チプラス政権は今年夏に緊縮策受け入れでEUと合意したあと、年金改革など財政改革についての法案を議会で順次成立させており、先月には公務員の退職年齢引き上げ、課税逃れ対策の強化などを盛り込んだ法案を可決しました。改革の動き自体は順調に進んでいるようですが、問題はそれが本当に実行されるかどうかです。

もし改革の実施段階で骨抜きになったり先送りになったりするようなことがあれば、真の経済改革は遠のくことになってしまいますし、EUとの見解も再びおかしくなることが予想されます。

経済をけん引する成長産業が育っていないことが大きな課題

何よりも、経済をけん引する成長産業が育っていないことが大きな課題です。財政面での改革は一応メニューが出そろい動き出したことはたしかですが、それだけでは持続的な経済回復には不十分なのです。しかしこれまでの報道を見る限り、現在のチプラス政権はそのような「成長戦略」をまだ持っていないようです。

最近はギリシャ情勢がニュースになることは少なくなりました。日本では昔から「便りのないのは元気な印」という言葉がありますが、その意味ではギリシャ経済は危機的な状況から脱したことは確かです。しかし根本的な改革はこれからであり、それがEUの今後にも密接に絡んでいます。ニュースが少なくなったからと言って安心することなく、引き続きギリシャ情勢をウォッチしていきましょう。

(※岡田晃氏の人気連載『経済ニュースの"ここがツボ"』ギリシャ関連の解説記事は以下を参照)

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執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。