しばらく間をあけていた本連載だが、約1年ぶりに再開をすることになった。

本連載で最後に取り上げたテーマはプロシージャル技術だった。その中でもグラフィックスに関連したプロシージャル技術を紹介したのだが、話題の中心は「3D」にはなかった。今回からは、テーマを「3D」に戻したいと思う。

しかし、いわゆる3D(コンピュータ)グラフィックスとはすこし異質の技術を紹介していきたいと思う。

それは「立体視」の「3D」だ。

立体視は、3D(コンピュータ)グラフィックスとは無関係ではないし、しかも近い将来、多くの技術者に深い関わりを持ってくる可能性があるので、本連載で取り上げる価値があると判断した。

再び、お付き合い願えれば幸いだ。

なお、コンピュータグラフィックス(CG)としての「3D」と、立体視としての「3D」を区別するために本稿では極力「3D」と「立体視」を区別して取り扱っていくことにする。

単体で「3D」と記した場合は「立体的なもの」という漠然としたイメージを指すものとし、視覚として得られる「3D」を指す場合は「立体視」(英記ではStereoscopic 3D)と記すことにする。また、3Dグラフィックスと記した場合は、本連載で長らく取り扱ってきた「3D(コンピュータ)グラフィックス」を指すものとする。

人間の立体知覚について

人間が住む現実世界は、三次元世界、立体世界だといわれるが、その「三次元世界の認知」において、人間にとって重大な割合を占めているのが視覚だ。

今回から取り上げていく「立体視」は、「立体感が得られる視覚」であり、これはすなわち「視覚として立体情報を得るための手段」に相当する。

一般に、立体視というと、「両目で見ることで得られる」と一言で説明されることが多いが、厳密には、人間が現実世界で行っている立体視は、もう少し複雑な情報処理になっている。

現在までの様々な研究者達の過去文献にあたると、人間の立体視は、1つの目だけで行われる立体視と、2つの目で行われる立体視の2つに大別されると説明されている。

本稿では、前者を「単眼立体視」、後者を「両眼立体視」と呼ぶことにして、話題をデジタル次元に飛ばす前に、まずは「人間の立体情報知覚」について見ていくことにしたい。

なお、こうした話題は半ば認知学寄りではあるが、これを理解すると3Dグラフィックスのコンテンツ作成における指針や、現在主流の3Dディスプレイ(3Dテレビ)が抱える課題などもよく理解出来るようになるので、あえてこのテーマをも取り上げることにした。

単眼立体視

片目が不自由だったり、両眼で極端な視力差があっても実生活で不自由ない立体視が行えるのは、この単眼立体視が強力な手がかりになっていると言われている。

結論から言ってしまえば、単眼立体視は2D視覚情報だけで判別出来る立体視に相当する。

米コーネル大学の心理学研究所のJames E. Cutting教授は、単眼で知覚出来る立体情報として次のようなものを挙げている。

運動視差(Motion Parallax,Motion Perspective)

観測者が移動しながら眺めたり、あるいは移動する対象物(オブジェクト)を観察する際に生まれる視差情報は、立体視の際には有効な情報になる。

なお、運動視差は、連続的に知覚することで初めて立体情報として知覚されるので、言い換えれば時間方向の立体視(時間積分的な立体視)ということができる。

運動視差。いわゆる時間積分的な立体視

水晶体の焦点調節(Accommodation)

人間はオブジェクトをちゃんと見たいとき、無意識に焦点を合わせるが、これは眼球の水晶体の厚みを毛様体筋を駆使して水晶体の厚みを変えて焦点距離を調節することで行っている。

遠方のものを見る際には水晶体を薄くして焦点距離を伸ばして網膜に適切な像を導く。逆に近傍のものを見る際には水晶体を厚くして焦点距離を縮めて結像させる。

人間の眼球をデジカメで喩えれば、水晶体は撮影レンズ、CCD(CMOS)イメージセンサーは網膜に相当し、毛様体筋はフォーカス駆動モーターのようなイメージだ(人間の目にズーム機能は無い)。

経験的に、この毛様体筋の駆動状態と水晶体の焦点距離の状態から、今見ているものまでの距離感を人間は算出することができ、これは紛れもない立体視だと言える。

人間の眼球の構造

水晶体の焦点調節。水晶体の大きさを変えることで目の焦点を変えている。この経験から遠近の判断が出来る

視界における高さ(Height in Visual Field)

重力下の地上で地に足を付けて生活している人間は、必然的に視界の上側が遠景となり、下側が近景となる。

この経験則を元に遠近の判別をすることができるとされる。

逆立ちしているときなど、天地逆転している場合には、単純に逆法則が成り立つはずなのだが、通常の人間はそうした天地逆転視界での実生活経験が乏しいため、不慣れだ。ゲームなどにおいて無重力の宇宙シーンで天地逆転したゲーム世界が続くとプレイヤーが不快となるのはこのためだと考えられる。

視界における高さ。遠景は上に、近景は下に来るという経験則

空気遠近(AERIAL PERSPECTIVE)

視界とは光の集まりであり、今見ている視界を構成する各光(映像に置き換えれば画素に相当)は、それぞれ個別の距離を旅して目に到達している。

地球上には空気があり、その地球上で見る視界を構成している光は、目に到達する前に空気中を旅して目に到達している。

すなわち、近景(の光)は目に届くまでそれほど空気の中を旅していないが、遠景(の光)はその遠さの分だけ空気の中を旅していることになる。

空気は光を散乱させる特性があり、光の立場からすれば、空気の中を突き進めば進むほど光は散乱しその光量は減退する。

すなわち、遠景であればあるほど、色の鮮やかさ(彩度)は減退し、明度も減衰する。

これは、見た目としては遠景ほど色味が失われ、寒色に寄っていくことになる。

この経験則に基づき、視界の色味や明度から遠近を判別することが出来る。

空気遠近。遠景ほど色味が落ちる

遮蔽(Occlusion)

3D空間に存在する複数のオブジェクトが視界に入ってきた場合、あるオブシェクトが他者を遮蔽している場合、隠してるものが隠されているものよりも前に存在するということを人間は知覚する。

非常にシンプルな知覚だが、これもれっきとした単眼立体視覚だ。

遮蔽。前後関係の判別に有効

(続く)

(トライゼット西川善司)