次々に新しい料理や食材などが登場するとあって、『食のトレンド』は刻一刻と移り変わっていく。しかし、クライアントや職場の同僚と「あれ食べた?」という話になることはよくある。そんなときに「……聞いたこともない」というのは、かなりマズい。この連載では、ビジネスマンが知っておけば一目おかれる『グルメの新常識』を毎回紹介していく。第33回は「昆虫食」。
「昆虫食」って何?
人口増加に伴う食料不足や乱獲を背景に、世界的に「昆虫食」への注目が高まっている。昆虫食とは、その名のとおり、原料に昆虫を使った食べ物を指す。昆虫はタンパク質が豊富ながら、牛や豚など他のタンパク源に比べてすぐ育ち、エサや飼育スペースも少量で済むため、生産効率がよい。環境への負担も少ないことから、世界各地で導入が始まっている。
ベトナムやタイなどアジアには古くから昆虫食が食文化として根付いている国や地域も多いが、日本ではどうしてもゲテモノというイメージを抱く人も多い。しかし、いま昆虫食が進化している。昆虫をパウダー状にしたり、ペースト化したりするなどして、見た目には虫とわからないような提供の仕方が増えているのだ。
「昆虫食」はどこで食べられる?
使われる昆虫はいろいろあるが、ポピュラーなのはコオロギだ。無印良品を企画・開発する良品計画では2020年春に「コオロギせんべい」を発売することを発表している。また、渋谷パルコの「COMINGSOON」では3月15~18日の期間限定で、コオロギを原材料に使用した世界初のクラフトビール「コオロギビール/ Cricket Dark Ale」を限定販売予定。同ビールは昆虫食を研究・開発する「ANTCICADA(アントシカダ)」と、岩手県のマイクロブルワリー「遠野醸造」が共同開発したものだ。
群馬県の高崎経済大学発のベンチャーFUTURENAUT(フューチャーノート)では、2019年12月からクリケット(コオロギ)パウダーを使ったゴーフレットを販売している。
ゴーフレットは「コオロギのゴーフレット」と「2030年のゴーフレット」の2種類があるが、パッケージが違うだけで中身は同じ。2種類のパッケージを用意したのは、どちらが売れるかという市場調査を兼ねているという。「コオロギのゴーフレット」は子供が手に取りたくなるような可愛いデザイン。「2030年のゴーフレット」はあえてコオロギをデザインに含めず近未来的なデザインにしたそうだ。
見た目は通常のゴーフレットそのものだが、クリケットパウダー自体にエビやカニに似た風味があるため、香ばしさやコクが加わっているそうだ。
ところで、なぜコオロギなのか? 実はコオロギは、イナゴなどと比べて養殖の生産方法が確立しており、確保が容易なのだという。同社ではコオロギパウダーをタイから輸入。あえてタイの貧しい農村部から調達することで、地域づくりにも貢献したいと考えているそうだ。安全性を確保するため、加工は適正製造規範(GMP)や農業行動規範(GAP)など、食品の安全規格を取得した工場で行っている。
「栄養価と栄養バランスに優れ、環境にも優しいクリケットが、肉や魚と同じようなタンパク源の選択肢に入るような未来を作っていくのが目標です。そのため、食品としての機能性・見た目・美味しさに本気でこだわった商品を開発・販売しています。また、未来の食糧問題を考える上で、"食育"も重要視しています。昆虫を食べることを通して、環境問題や食の問題、SDGsといったさまざまなことを考えるきっかけを作りたいと考えています」(FUTURENAUT代表の櫻井蓮さん)
商品はオンラインショップのほか、JR高崎駅構内の土産物店「群馬いろは」、都内の国立科学博物館などで販売されている。興味本位から手に取る人も多く、味も好評とのことだ。
「昆虫食」を食べてみた
昆虫食はコオロギばかりではない。今回は、東京・表参道にある「シルクフードラボ」で昆虫食を試してみることにした。ここは"蚕(カイコ)"を原料とした料理「シルクフード」の専門店だ。蚕を使ったメニューは、ハンバーガー・スープ・スナック・ケーキ・ポテトのディップソースの5種類。すべて蚕をペースト化したものを使用している。
同店を運営するエリー代表の梶栗隆弘さんによれば、蚕に目を付けたのは食品としての価値が高く、研究が進んでいるからだという。「蚕はおいしく、栄養価が高い食品です。当社と京都大学との共同研究では、機能性成分を約100種類も含むことが判明しており、すでにアジア圏を中心に世界中で食歴があるので、食べても大丈夫という安心感もあります」(梶栗さん)
一番人気の「シルクバーガー」を食べてみた。見た目は普通のハンバーガーにしか見えないが、パテの50%にペーストにした蚕が使われている。残り50%は牛肉だ。牛肉100%の一般的なパテに比べると、ほろりとやわらかな食感。食べてみると、エビやカニのような、あるいはナッツのような香ばしい旨みがある。新感覚の味わいだが、ゲテモノ感は皆無だ。外側がパリパリに焼かれたバンズも美味。トマトやレタス、チーズなどが入ってボリュームがあり、満足感の高いグルメバーガーに仕上がっている。
シルクバーガーのレシピを開発した東京・代々木上原のイタリアンレストラン「クインディ」の安藤曜磁シェフは、食材としての蚕について「使ってみるとコクがあり、主役にも、引き立て役にもなれる可能性に溢れる食材」だと感じたそう。
その他、大豆やナッツのような風味を感じられる「シルクシフォンケーキ」は生地の10%に蚕のペーストを使用。ベーコンの代わりに蚕のペーストを炒めたという「シルクスープ」は具沢山のミネストローネで、蚕ペースト由来のコクがほんのり加わり、味に深みがある。香ばしさを感じられる「シルクスナック」は、こだわりの塩を使ったシーズニングで味付けしてあり、風味よく仕上がっており、気軽なおやつにちょうどいい。
当初は2020年3月末までの営業を予定していた同店だが、好評のため5月末までの延長が決まっている。6月以降も新商品を発売予定で、現在はクラウドファンディングで資金を募るなど着々と準備を進めている。
現在、来店客は食糧問題への意識が高い人やビジネスパーソンなど情報感度が高い人が中心。反響は良く、アンケートでは90%以上から「美味しい」という評価を得ているそうだ。
昆虫食の普及には量産化が課題になるが、日本はかつて全農家の1/3が養蚕業を営んでいたほどの養蚕大国。量産化手法が確立されているのも強みだと考えているそうだ。「日本古来の蚕を原料としたシルクフードを世界に普及させることで、持続可能な食の未来を実現していきたいと思っています」(梶栗さん)
味もよく、栄養価に優れた昆虫食。イメージとは裏腹に、見た目も味も抵抗感なく食べられるので、今後の広がりに期待できそうだ。持続可能な食の未来のために自分は何ができるだろう? 昆虫色を食べながら、思いを巡らせてみてはいかがだろうか。
※価格は特記がない限り税込