今回は、交渉を有利に進めるための戦い方について考えてみます。

交渉は心理戦なのか?

交渉には必ず相手がいますので、少しでも相手より自分が有利になろうと心理的な揺さぶりをかけようと考えるのは自然なことです。今日は、いくつか代表的な揺さぶり方を紹介しましょう。

1つ目は、”認知・判断”についての一般的な傾向を利用するやり方です。「ドア・イン・ザ・フェイス」と「フット・イン・ザ・ドア」などが代表的な戦術です。

■ドア・イン・ザ・フェイス戦術 まず聞き入れられそうもない大きな要求を出して相手に拒絶させ、その後、提示する条件を緩めながら交渉を続け、最終的にこちらの要望を飲ませる戦術です。例えば、価格交渉であれば、こちらからまず大きく値引き要求をした上で、その後値引き額を抑えて交渉を続けます。相手は、冒頭に大きな値引きを断ったことの後ろめたさが気になり、その後合意に至るケースが多いと言われています。

■フット・イン・ザ・ドア戦術 こちらは、「ドア・イン・ザ・フェイス」とは逆の戦術。まずは、誰もが承諾できるような要求を、本当に飲んでもらいたい要求の前に出しておくのです。例えば、募金をお願いする際に1口1,000円だと説明し承諾を得た後に、最低3口からが募金の条件であると伝える方法です。金額が増えたからという理由で断ることは、一度募金という行為にコミットしたという自分を否定することにつながります。人間は、本能的に一貫性のある行動を取りたいと考える生き物であることを利用した戦術になります。

2つ目に紹介する方法は、“心理・感情”を揺さぶるやり方です。「ゲームズマンシップ」「グッドガイ・バッドガイ」などが有名です。

■ゲームズマンシップ これは、相手の判断能力を奪うために、わざとイライラさせる、交渉テンポや態度を変える、相手の能力に対する自信を失わせる、タフな交渉になることを故意に予測させる等の方法の総称です。意図的に高圧的に出たり、わざと大勢の人数で交渉にのぞんだりといったことも考えられます。

■グッドガイ・バッドガイ これは、2人組で交渉し、一方が厳しい要求・強い態度を示し、相手を威嚇した後、もう1人がそれをいさめ、仲裁するなどしながら提案を行い、こちらの要望を相手に受け入れさせる方法です。刑事ドラマでよくあるシーンですね。

その他にも、交渉プロセスをコントロールすることもよくある方法です。実際には1人で全て決められるのに、自分には最終権限がないことを合意直前に持ち出して合意をほごにしたり、追加的な譲歩を求めたり、代わりの者が交渉の場につくことで、交渉過程の一部をひっくり返すような戦術がよく用いられます。

揺さぶる戦術は防御策に

さて、このような戦術、皆さんは実際に使っているでしょうか。揺さぶりをかけるという意味では、間違いなく有効ですので知っておいて損はないと思います。

一方で、こうした戦い方を相手が仕掛けてきた場合はどうすればよいのでしょうか。書籍『ハーバード流交渉術』では、「バルコニーに登れ」というアドバイスがなされています。意図的に相手がこうした戦術を意図的に使ってきていることを理解した上で、それらに対して正面から戦おうとしないこと。自分の姿も含めて、交渉全体をバルコニーという高台に上がってふかんしてみることで、冷静になることを勧めています。

最後にこうした戦術を用いる際に重要なポイントに触れておきたいと思います。このような揺さぶり戦術を仕掛けてくる相手のことを皆さんはどのように感じるでしょうか。多くの皆さんが、何かを共に進めていく協力者であるという認識を持ちにくいのではないでしょうか。昨年ドラマではやりましたが、“やられたらやり返す”という状況に突き進むことで失われる信頼関係があることをあらかじめ十分に理解しておく必要があります。

今日のまとめ

交渉は心理戦。相手に揺さぶりをかけることは有効ではある。ただし、協力者としての信頼の獲得とは逆行するので、あくまでも防御に使おう。


<著者プロフィール>
岡重文
グロービス経営大学院教員、グロービス・マネジメント・スクール講師。担当科目は「ファシリテーション&ネゴシエーション」「クリティカル・シンキング」「ビジネス定量分析」など。京都大学工学部応用システム科学専攻 修士課程卒業。NTTデータに入社し、SEとして複数のシステム開発に従事した後、ネットワーク機器の製品開発に携わる。その後、プライスウォーターハウスクーパースに入社。プロジェクトマネジャーとして複数のプロジェクトを担当。 2000年、グロービスに入社。企業研修担当、eLearning事業の立ち上げに関与したのち、グロービス・グループの情報システム部門を統括。2007年より経営管理本部にて人事・総務を兼務。2013年よりファカルティ部門。