前回は、交渉力の源泉となる「BATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement /不調時対策案)」について学びました。今日は、家電量販店での店員との会話の続きを見ていきましょう。
ある家電量販店にて(続き)
あなたは、新しいパソコンの購入が必要になり、家電量販店に行った。定価15万円のパソコンが、B店では12万円で売っていることを確認したうえで、A店にやってきた。
あたな「いくらまで下げられますか」
A店の店員「13万円です」
あなた「B店では12万円だったのですけれど…」
A店の店員「すみません、12万5千円までなら値下げできるのですが」
あなた「わかりました。では、B店で購入します」
といって立ち去ろうとすると、
A店の店員「値段はそこまでしか下げられませんが、サポート無料、保障も3年間無料です」
あなたは、立ち止まり、話を続けて聞くことにしました。
相手の関心事を増やせ
さて、ここまでの会話を整理してみましょう。A店の店員は、「サポート」と「保守」について、言及しています。これは、これまで、「PCの価格」についてのみにフォーカスして交渉が行われていたのに対して、「サポート」「保守」という別のネタを交渉のテーブルにあげています。
実は、あなたはが今回購入をしようとしていたPCは、実家の両親のためのもの。セットアップや実際に使い出してからのサポートなども必要になると感じていました。あなたは、実家に帰省した際にセットアップし、使い方の質問などは適宜自分が電話で対応をしようと考えていたのです。そんな中、サポートが無料で提供されるとのこと。思わず立ち止まり、話を聞くことにした理由はそこにあったのです。
さて、このやり取りから交渉を合意へ導くためのヒントが導き出されます。それは、相手の関心事を増やすことです。交渉には得てして、価格交渉のイメージがつきまといますが、価格だけに関心を置いた場合は、いくらにするかという金額の綱引きだけが行われることになります。相手の関心事がひとつに集中する場合は、意見に拡がりが出ず交渉が進展する可能性が限定的となり、合意には相当な労力を要します。こうした状況を打開するには、できる限り相手の関心事を増やすことです。相手が反応するかどうかはわかりませんが、関心事を拡げることで合意の可能性が高まっていくはずです。
今回は、店員が偶然にもあなたの関心事にダイレクトにつながる提案をしてくれましたが、逆にあなたから店員に対して提示できる関心事は、どんなものが考えられるでしょうか。
例えば、現金で支払うということは、お店にとってはインセンティブになるかもしれません。また、月末、年度末ということであれば、営業成績を意識している店員も多く、このタイミングで買うということがお店や店員のインセンティブになるかもしれません。
違いあるからこそ価値がある
「価格」だけに集中していた交渉を「サービス」「保守」「支払い方法」「購入のタイミング」といった関心事に拡げることは、価格だけの交渉では見出せなかった双方にとっての新たな価値が生まれることにつながります。例えば、あなたは無料のサポートを、店員は営業成績を得ることができることなど。こうした新たな価値を見出すことを目指せば、合意につながる可能性が自然と高まってくるのです。
交渉する相手は、自分とは違う。違っているからこそそれぞれが重要視する関心事が違う。その違いを相互に利用することが、合意形成の近道となりますし、この違いがあるからこそ、交渉する意味がある、そんな捉え方をしていきましょう。
今日のまとめ
相手は自分とは違う。だからこそ、合意ができる余地がある。交渉では相手の関心事を増やしていこう。
<著者プロフィール>
岡重文
グロービス経営大学院教員、グロービス・マネジメント・スクール講師。担当科目は「ファシリテーション&ネゴシエーション」「クリティカル・シンキング」「ビジネス定量分析」など。京都大学工学部応用システム科学専攻 修士課程卒業。NTTデータに入社し、SEとして複数のシステム開発に従事した後、ネットワーク機器の製品開発に携わる。その後、プライスウォーターハウスクーパースに入社。プロジェクトマネジャーとして複数のプロジェクトを担当。 2000年、グロービスに入社。企業研修担当、eLearning事業の立ち上げに関与したのち、グロービス・グループの情報システム部門を統括。2007年より経営管理本部にて人事・総務を兼務。2013年よりファカルティ部門。